シリーズ「ストレスチェック指標解説」:仕事の適性

シリーズ「ストレスチェック指標解説」では、新職業性ストレス簡易調査票(80項目版;以降「新調査票」)[1]で使用されている各指標を学術的な観点で掘り下げ、職場・組織としてできる対策のポイントを解説していきます。

今回は「仕事の適性」です。

質問項目

「仕事の適性」は、新調査票の「仕事の資源(作業レベル)」領域に含まれる指標で、以下1問で構成されています。

  • 仕事の内容は自分にあっている

この項目は、従業員が自身の業務に対してどれだけ適合感や納得感を持っているかに焦点を当てています。

関連する学術概念

一口に「仕事の適性」といっても、上述の質問項目からしか情報が得られません。ここからは「仕事の適性」に関連する学術概念を参照し、この指標を深掘りしてみましょう。

例えば、「仕事の適性」に似ている概念には以下のようなものがあります。

人と仕事の適合感(Person-Job Fit)

人と仕事の適合感は、個人が持つ知識・スキル・能力と職務が要求する内容との一致度合い、または個人が求めるニーズと職務が提供する報酬との一致度合いを指す概念です[2]。人と仕事の適合感が高い人は、自分のスキルや経験、あるいは仕事に求めることが、今の仕事にぴったり合っていて、やりがいを感じながら業務に取り組めています。

人と仕事の適合感が高いと、仕事に対する満足感・自分の能力に対する自信・組織に対する帰属意識や愛着感が促進されることが分かっています[3][4][5]

人と職業の適合感(Person-Vocation Fit)

人と職業の適合感は、個人の興味・性格・価値観などが、その人の従事する職業とどれだけマッチしているかを表します[6]。人と職業の適合感が高い人は、自分の興味や価値観に合った職業に就いていて、仕事そのものに深い納得感や誇りを持っています。

人と職業の適合感が高いと、モチベーション・パフォーマンス・キャリア的な成功の増加につながることが示されています[7][8]

使命感(Calling)

使命感は、自己の核となるアイデンティティや価値観と仕事の間に、深い一致がある状態を表します[9]。使命感が高い人は、自分の仕事が、単なる収入源やキャリアアップの手段ではなく、人生における深い目的や意義、そして社会への貢献につながる天職だと感じています。

使命感が高いと、仕事や人生に対する満足感・献身性の向上、キャリア実現への努力につながることが示されています[10][11][12]。他方で、使命感が高いがゆえに、低賃金や過酷な労働条件を受け入れてしまったり、柔軟性の低下(他の進路を選ばない傾向)につながったりすることも指摘されています[13][14]

研究知見から考える対策への手がかり

ここで質問です。集団分析結果で「仕事の適性」が良くない部署があった場合、どうすれば良いでしょうか?純粋に考えれば、本人の適性に合ったポストに配置するなど、質問項目に対する対策を打ったりすることになるでしょう。しかし、現実的にはそのように対処することが難しい場合もありますし、アプローチの幅が質問項目だけに限られてしまいます。

ここでは、研究知見を参照することで、質問項目以外のアプローチも探っていきたいと思います。

人と仕事の適合感の研究から

人と仕事の適合感を扱った研究では、以下のような条件下において、人と仕事の適合感が促進されることが分かっています。

  • 組織的支援が豊富:上司や組織が、明確なビジョンを示して従業員の成長を支援したり、従業員が職場で価値を認められて意思決定に関与していると感じられるように働きかけたりすることで、人と仕事の適合感が高まることが示されています[15][16]
  • ジョブ・クラフティングを行う:自らの業務内容や職場環境を、自身のスキルや関心に合わせて調整することで、職務内容と個人特性の一致が高まり、人と組織の適合感が向上することが示されています[17]
  • 感情知能が高い:感情知能の高い従業員は、仕事のストレスや対人関係の負担を効果的に管理できるため、職務への適応力が高まります。その結果、職務の要求と個人の特性がより合致し、人と組織の適合感が強化されることが示されています[18]

人と職業の適合感の研究から

人と職業の適合感を扱った研究では、以下のような条件下において、人と職業の適合感を促進できることが分かっています。

  • 適切な職業訓練を受けている:職業に必要とされる教育や訓練を適切に受けていることで、職業とのミスマッチが減少し、より円滑に職業に適応できるため、人と職業の適合感が高まることが報告されています[19]
  • 価値観やキャリア目標と職業が合致している:個人の価値観や長期的なキャリア目標が選択した職業と合致することで、職業に対する帰属意識や意義が高まり、人と職業の適合感が促進されるとされています[20]
  • キャリアカウンセリングや自己分析を行う:職業カウンセリングや自己理解を深めるプロセスを通じて、自身に適した職業選択が可能となり、より適合度の高い進路選択ができることで、人と職業の適合感が向上することが明らかにされています[21]

使命感の研究から

使命感を扱った研究では、以下のような条件下において、使命感を促進できることが分かっています。

  • 社会的支援やメンタリングが多い:周囲の人(メンター、家族、教師など)からの励ましや助言を受けることで、自分の情熱や志を追求する力が高まり、使命感が育まれることが示されています[22]
  • 職業分野での能動的な関与と経験:職業に関する活動(例:ボランティア、実習、長期的な実務経験)に積極的に取り組むことで、その分野に対する情熱やアイデンティティが高まり、結果として使命感が形成されやすくなることがわかっています[23]
  • 個人の目標やアイデンティティが明確である:自らの職業的目標や自己像がはっきりしていることで、自分の仕事を人生の使命として捉えやすくなり、使命感が高まりやすいことが明らかになっています[24]

対策のポイント

以上の研究知見に基づくと、実際にはどのような対策が考えられるでしょうか。以下、そのポイントです。

ジョブ・クラフティングの促進

従業員が自らの関心や強みに合わせて、業務内容や進め方を主体的に調整する機会を設けましょう。例えば「業務の進め方の工夫」「やりがいを感じる業務へのシフト」など、小さな工夫の積み重ねが、適性感の向上につながります。これにより、「与えられた仕事をこなす」という受動的な姿勢から、「自分の力を活かして働く」という能動的な姿勢へと変化しやすくなります。

上司によるキャリア対話の実施

定期的なキャリア面談を通じて、「何にやりがいを感じるか」「どのような成長を目指しているか」といった個人の価値観や目標を把握しましょう。上司がこれらの情報を把握したうえで業務割り当てや評価を行うことで、「この仕事は自分に合っている」という実感を高めやすくなります。特に上司との関係性が信頼ベースで築かれていると、従業員の自己開示が促され、より質の高いキャリア支援につながります。

適性把握のための自己理解支援

自己理解が浅いと、「何が自分に合っているか」が見えにくくなります。職業興味検査や強み診断、外部のキャリアカウンセリングなどを活用し、自分の価値観やスキルに対する理解を深める支援が有効です。こうした支援を通じて、従業員自身が「なぜ今の仕事が合わないと感じているのか」を整理でき、前向きな改善行動を取る土台ができます。

組織ビジョンとの接続を図る

仕事の意味や社会的価値を伝えることで、使命感を育むことができます。「なぜこの仕事をやっているのか」「誰に貢献しているのか」を可視化し、業務の目的と個人の価値観をつなぐコミュニケーションを意識しましょう。業務が組織の使命や社会的インパクトと結びつくことで、従業員は「自分の仕事が誰かの役に立っている」と感じ、仕事への納得感が深まります。

学びの機会と職業訓練の提供

適性がないと感じる背景には、スキル不足や経験不足がある場合もあります。業務に必要なスキルを身につけるためのトレーニングやOJTの充実は、仕事との適合感を高める有力な手段です。特に若手や異動直後の従業員にとって、適切な学習機会は「やればできる」「自分にも合ってくるかもしれない」という前向きな認識を育む助けになります。

終わりに

「仕事の適性」は、たった1問の設問で測られるシンプルな指標でありながら、実際には人と仕事・職業・使命の深い結びつきに関わる、複雑で多面的なテーマです。職場でこのスコアが低く出たとき、それを「本人の問題」や「配置ミス」として片づけてしまうのではなく、組織としてできることを広い視点で見直すことが求められます。つまり、対策を検討する際は、単なる表面的な「やりがい」づくりを超えて、従業員一人ひとりが「自分らしく働けている」と感じられる環境づくりを支援することが必要です。

さらに、適性のある仕事に就くことがゴールではなく、その仕事の中で「自分らしさ」を見いだし、育てていけるような職場づくりこそが、ストレスの低減と働きがいの向上につながるのではないでしょうか。


脚注

[1] 新職業性ストレス簡易調査票は、無料で閲覧可能です:東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座. (2012). 新職業性ストレス簡易調査票の公表について

[2] Caldwell, D. F., & O’Reilly III, C. A. (1990). Measuring person-job fit with a profile-comparison process. Journal of applied psychology75(6), 648.

[3] Kristof‐Brown, A. L., Zimmerman, R. D., & Johnson, E. C. (2005). Consequences OF INDIVIDUALS’FIT at work: A meta‐analysis OF person–job, person–organization, person–group, and person–supervisor fit. Personnel psychology58(2), 281-342.

[4] Peng, Y., & Mao, C. (2015). The impact of person–job fit on job satisfaction: the mediator role of Self efficacy. Social Indicators Research121, 805-813.

[5] Farzaneh, J., Dehghanpour Farashah, A., & Kazemi, M. (2014). The impact of person-job fit and person-organization fit on OCB: The mediating and moderating effects of organizational commitment and psychological empowerment. Personnel Review43(5), 672-691.

[6] Ehrhart, K. H., & Makransky, G. (2007). Testing vocational interests and personality as predictors of person-vocation and person-job fit. Journal of Career assessment15(2), 206-226.

[7] Nye, C. D., Su, R., Rounds, J., & Drasgow, F. (2017). Interest congruence and performance: Revisiting recent meta-analytic findings. Journal of Vocational Behavior98, 138-151.

[8] Glosenberg, A., Tracey, T. J., Behrend, T. S., Blustein, D. L., & Foster, L. L. (2019). Person-vocation fit across the world of work: Evaluating the generalizability of the circular model of vocational interests and social cognitive career theory across 74 countries. Journal of Vocational Behavior112, 92-108.

[9] Spector, P. E. (1982). Behavior in organizations as a function of employee’s locus of control. Psychological bulletin91(3), 482.

[10] Wrzesniewski, A., McCauley, C., Rozin, P., & Schwartz, B. (1997). Jobs, careers, and callings: People’s relations to their work. Journal of research in personality31(1), 21-33.

[11] Bunderson, J. S., & Thompson, J. A. (2009). The call of the wild: Zookeepers, callings, and the double-edged sword of deeply meaningful work. Administrative science quarterly54(1), 32-57.

[12] Dobrow, S. R., & Tosti‐Kharas, J. (2011). Calling: The development of a scale measure. Personnel psychology64(4), 1001-1049.

[13] 脚注11と同じ

[14] 脚注12と同じ

[15] Bui, H. T. M., Zeng, Y., & Higgs, M. (2017). The role of person-job fit in the relationship between transformational leadership and job engagement. Journal of Managerial Psychology, 32(5), 373–386.

[16] Choi, S. B., Tran, T. B. H., & Kang, S. W. (2017). Inclusive leadership and employee well-being: The mediating role of person-job fit. Journal of Happiness Studies, 18(6), 1877–1901.

[17] Chen, C. Y., Yen, C. H., & Tsai, F. C. (2014). Job crafting and job engagement: The mediating role of person-job fit. International Journal of Hospitality Management, 37, 21–28.

[18] Akanni, A. A., Kareem, D. B., & Oduaran, C. A. (2020). The relationship between emotional intelligence and employee well-being through perceived person-job fit among university academic staff: A structural equation modelling approach. Cogent Psychology, 7(1), 1869218

[19] Michaelis, C., & Findeisen, S. (2022). Influence of person-vocation fit on satisfaction and persistence in vocational training programs. Frontiers in Psychology, 13, 834543.

[20] Vogel, R. M., & Feldman, D. C. (2009). Integrating the levels of person-environment fit: The roles of vocational fit and group fit. Journal of Vocational Behavior, 75(1), 68–81.

[21] Glosenberg, A., Tracey, T. J. G., Behrend, T. S., Blustein, D. L., & Foster, L. L. (2019). Person-vocation fit across the world of work: Evaluating the generalizability of the circular model of vocational interests and social cognitive career theory across 74 countries. Journal of Vocational Behavior, 112, 92–108.

[22] Duffy, R. D., & Dik, B. J. (2013). Research on calling: What have we learned and where are we going? Journal of Vocational Behavior, 83(3), 428–436.

[23] Dobrow, S. R. (2013). Dynamics of calling: A longitudinal study of musicians. Journal of Organizational Behavior, 34(4), 431–452.

[24] Hirschi, A., & Herrmann, A. (2013). Calling and career preparation: Investigating developmental patterns and temporal precedence. Journal of Vocational Behavior, 83(1), 51–60.n locus of control, resilience and psychological empowerment among corporate employees in the private sector. International Journal of Indian Psychology, 12(3), 1905–1924.


執筆:小田切岳士(組織活性化団体インクライン 代表)

公認心理師、ストレスチェック実施者資格保有。同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院 博士課程前期修了(臨床心理学 修士)。株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー。新卒では、企業向けメンタルヘルスサービスを提供する企業に入社し、個人カウンセラー・ストレスチェックコンサルタントに従事。その後、メンタルヘルス以外の知見を広げるべく株式会社ビジネスリサーチラボに入社。在職中に組織活性化団体インクラインを設立。ゲーム開発会社の人事を経験後、ビジネスリサーチラボ社に出戻り入社。これまでに、ストレスチェックに関する人事・産業保健部門向けのコンサルティングや、管理職・一般社員層を対象とした職場活性化ワークショップを、延べ30社・50組織以上に提供。また、人事・組織領域における学術研究レビューも100テーマ以上手がけ、理論と実務の橋渡しを行ってきた。日本産業衛生学会および日本産業精神保健学会では、それぞれ優秀演題賞を受賞。

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