シリーズ「ストレスチェック指標解説」では、新職業性ストレス簡易調査票(80項目版;以降「新調査票」)[1]で使用されている各指標を学術的な観点で掘り下げ、職場・組織としてできる対策のポイントを解説していきます。
今回は「上司からのサポート」です。
質問項目
「上司からのサポート」は、新調査票の「仕事の資源(部署レベル)」領域に含まれる指標で、以下3問で構成されています。
- 次の人たちはどのくらい気軽に話ができますか?(上司)
- あなたが困った時、次の人たちはどのくらい頼りになりますか?(上司)
- あなたの個人的な問題を相談したら、次の人たちはどのくらいきいてくれますか?(上司)
この項目は、職場における上司との関係性や心理的な支援の受けやすさに焦点を当てています。
関連する学術概念
一口に「上司からのサポート」といっても、上述の質問項目からしか情報が得られません。ここからは「上司からのサポート」に関連する学術概念を参照し、この指標を深掘りしてみましょう。
例えば、「上司からのサポート」に関連する概念には以下のようなものがあります。
知覚された上司支援(Perceived Supervisor Support)
知覚された上司支援は、部下が「上司は自分の貢献を認め、幸福に関心を持ってくれている」と感じる度合いを表す概念です[2]。例えば、部下のキャリア目標や悩みに上司が真剣に耳を傾け、的確なアドバイスや評価をしてくれたりすることは、知覚された上司支援が多い(または質が高い)状態の表れと言えます。
知覚された上司支援が多いと、離職しようとする意思の低下、仕事に対する満足感・組織に対する帰属意識・職務遂行能力の向上につながることが分かっています[3][4][5]。
リーダー・メンバー交換(Leader–Member Exchange, LMX)
リーダー・メンバー交換は、上司と部下の一対一の関係の質を表します[6]。リーダー・メンバー交換が高い人(または上司-部下の組み合わせ)は、上司と部下が相互に信頼・尊重し、高いレベルのコミュニケーションと協力が図られている状態にあります。
リーダー・メンバー交換が多いと、部下のモチベーション・仕事に対する満足感・組織への帰属意識が向上することが分かっています[7][8]。
エンパワリング・リーダーシップ(Empowering Leadership)
エンパワリング・リーダーシップは、リーダーが権限を部下に委譲し、動機づけや能力開発を支援することで部下の自主性と有能感を促進するリーダーシップスタイルを表します[9]。エンパワリング・リーダーシップが高い上司とは、部下が仕事の裁量を持ち、自発的に業務に取り組めるよう上司が後押しする状態です。例えば、プロジェクトの計画や進捗管理を部下に任せるほか、挑戦的な課題にチャレンジさせて指導を行っています。
エンパワリング・リーダーシップが高いと、部下の仕事に対する自信・責任感・創造性・協調的行動の促進につながることが示されています[10][11][12]。
研究知見から考える対策への手がかり
ここで質問です。集団分析結果で「上司からのサポート」が良くない部署があった場合、どうすれば良いでしょうか?純粋に考えれば、長所を活かせる仕事をアサインするなど、質問項目に対する対策を打ったりすることになるでしょう。しかし、現実的にはそのように対処することが難しい場合もありますし、アプローチの幅が質問項目だけに限られてしまいます。
ここでは、研究知見を参照することで、質問項目以外のアプローチも探っていきたいと思います。
知覚された上司支援の研究から
知覚された上司支援を扱った研究では、以下のような条件下において、上司から支援されているという感覚が促進されることが分かっています。
- 上司が部下の成果や努力を具体的に認めている:上司が部下の仕事ぶりや貢献を賞賛・表彰などで目に見える形で認めることで、部下は上司から十分な関心や支援を受けていると感じ、知覚された上司支援が高まることが示されています[13]。
- 部下が意思決定に参加できる状態にしている:上司が部下を業務や意思決定プロセスに参画させることで、部下の自律性や主体感が高まり、その結果として上司からの支援を強く感じ、知覚された上司サポートが高まることが示唆されています[14]。
- 上司が部下に対して公正・誠実に接している:上司が部下を公平に扱い、説明責任を果たすことで、部下との間に信頼関係が醸成され、最終的に知覚された上司サポートが高まることが示唆されています[15]。
リーダー・メンバー交換の研究から
リーダー・メンバー交換を扱った研究では、以下のような条件下において、リーダー・メンバー交換を促進できることが分かっています[16]。
- 上司と部下の価値観や興味で共通点が多い:仕事観や背景で共通性があると親近感が増し、自然なコミュニケーションが促進されるため、良好なLMX関係が築かれやすくなることが示唆されています。
- 部下が有能で職務遂行能力が高い:部下の能力や実績が高いほど上司からの評価が上がり、重要な任務を任されることで相互信頼関係が深まるため、LMX関係の質が高まることが示されています。
- 部下が愛想や自己アピールで上司に働きかけている:部下が上司に好感を持たれるよう愛想よく接し、自らの成果を積極的にアピールすることで、上司による評価が高まり、高品質なLMX関係が築かれやすくなることが示唆されています。
エンパワリング・リーダーシップの研究から
エンパワリング・リーダーシップを扱った研究では、以下のような条件下において、部下が「上司がエンパワリング・リーダーシップを発揮している」という認識が高まることが分かっています[17]。
- 上司の自己愛的な傾向が低い:上司が謙虚で自分本位でないほど、部下との相互尊重が深まり、部下に裁量を与えやすくなるため、部下のエンパワリング・リーダーシップに対する認識が高まることが示唆されています。
- 上司がチーム内の協力・知識共有を推進している:チームや組織でメンバー間の協力やノウハウ共有が奨励される環境が整っているほど、リーダーは部下に自律性を与えやすくなり、部下のエンパワリング・リーダーシップに対する認識が高まることが示唆されています。
- 上司が部下の自己効力感を高める支援を行っている:上司が部下に対してコーチング的に接し、成功経験や適切なフィードバックを与えることで部下の自己効力感を引き出すと、部下は自律的に業務に取り組む意欲を高め、エンパワリング・リーダーシップが高まることが示唆されています。
対策のポイント
以上の研究知見に基づくと、実際にはどのような対策が考えられるでしょうか。以下、そのポイントです。
承認は具体的に言葉で伝える
部下の努力や成果をねぎらう際には、「頑張っているね」などの抽象的な言葉ではなく、「先週の顧客対応は丁寧だった」「資料のまとめ方が分かりやすかった」など、具体的に伝えることが効果的です。目に見える形で認められることで、部下は上司の関心や支援を実感し、モチベーションが高まりやすくなります。
雑談や共通点をきっかけに関係を深める
日々の業務の合間に交わすちょっとした雑談や、共通の話題の発見は、上司と部下の距離を縮める大きなきっかけになります。例えば、趣味や家族構成、学生時代の話などから共通点が見つかると、自然と信頼関係が深まり、相談や報告がしやすい雰囲気が生まれます。
小さな裁量から任せて自主性を促す
上司がすべてを管理・指示するのではなく、小さな仕事でも部下に任せてみることで、部下の主体性と責任感が育ちます。たとえば、打ち合わせの準備や報告書の構成など、業務の一部でも裁量を与えると、部下は「信頼されている」と感じ、自信を持って取り組むようになります。
定期的な1on1で話す機会をつくる
業務の進捗だけでなく、悩みや将来の希望についても話し合える1on1の機会を定期的に設けることで、上司と部下の関係がより深まります。形式にとらわれすぎず、リラックスした雰囲気の中で会話することで、部下が本音を話しやすくなり、問題の早期発見や信頼の強化にもつながります。
判断や対応は公正かつ誠実に行う
評価や意思決定の際に、理由をきちんと説明し、部下を公平に扱うことは、信頼される上司になるための基本です。また、普段の言動に一貫性があることも重要です。たとえば、一部の人だけを特別扱いするような態度は避け、誰に対しても誠実に向き合う姿勢が、部下の安心感と支援の実感につながります。
終わりに
「上司からのサポート」は、部下のストレスを和らげるだけでなく、組織全体の活力にもつながる重要な要素です。しかし、サポートとは「何かをしてあげること」だけではありません。部下が安心して話せる、信頼できる、任せてもらえる——そうした関係性の積み重ねが、「支援されている」と感じさせる土壌になります。 今回ご紹介したような視点や行動を取り入れることで、特別な制度を導入せずとも、日常のコミュニケーションの中から支援感を高めていくことができます。まずはできることから始めてみることで、職場全体の変化につなげていきましょう。
脚注
[1] 新職業性ストレス簡易調査票は、無料で閲覧可能です:東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座. (2012). 新職業性ストレス簡易調査票の公表について
[2] Eisenberger, R., Stinglhamber, F., Vandenberghe, C., Sucharski, I. L., & Rhoades, L. (2002). Perceived supervisor support: contributions to perceived organizational support and employee retention. Journal of applied psychology, 87(3), 565.
[3] Maertz Jr, C. P., Griffeth, R. W., Campbell, N. S., & Allen, D. G. (2007). The effects of perceived organizational support and perceived supervisor support on employee turnover. Journal of Organizational Behavior: The International Journal of Industrial, Occupational and Organizational Psychology and Behavior, 28(8), 1059-1075.
[4] Boyer, S. L., & Edmondson, D. R. (2014, October). Perceived supervisory support: A meta-analytic review. In Revolution in Marketing: Market Driving Changes: Proceedings of the 2006 Academy of Marketing Science (AMS) Annual Conference (pp. 241-245). Cham: Springer International Publishing.
[5] Boyer, S. L., & Edmondson, D. R. (2014, October). Perceived supervisory support: A meta-analytic review. In Revolution in Marketing: Market Driving Changes: Proceedings of the 2006 Academy of Marketing Science (AMS) Annual Conference (pp. 241-245). Cham: Springer International Publishing.
[6] Anand, S., Hu, J., Liden, R. C., & Vidyarthi, P. R. (2011). Leader-member exchange: Recent research findings and prospects for the future. The Sage handbook of leadership, 311-325.
[7] Dulebohn, J. H., Bommer, W. H., Liden, R. C., Brouer, R. L., & Ferris, G. R. (2012). A meta-analysis of antecedents and consequences of leader-member exchange: Integrating the past with an eye toward the future. Journal of management, 38(6), 1715-1759.
[8] Martin, R., Guillaume, Y., Thomas, G., Lee, A., & Epitropaki, O. (2016). Leader–member exchange (LMX) and performance: A meta‐analytic review. Personnel psychology, 69(1), 67-121.
[9] Wörtler, B., Van Yperen, N. W., & Barelds, D. P. (2022). The link between empowering leadership and employees’ perceptions of the effectiveness of blended working. Scandinavian Journal of Psychology, 63(3), 208-218.
[10] Arnold, J. A., Arad, S., Rhoades, J. A., & Drasgow, F. (2000). The empowering leadership questionnaire: The construction and validation of a new scale for measuring leader behaviors. Journal of organizational behavior, 21(3), 249-269.
[11] Zhang, X., & Bartol, K. M. (2010). Linking empowering leadership and employee creativity: The influence of psychological empowerment, intrinsic motivation, and creative process engagement. Academy of management journal, 53(1), 107-128.
[12] Lee, A., Willis, S., & Tian, A. W. (2018). Empowering leadership: A meta‐analytic examination of incremental contribution, mediation, and moderation. Journal of organizational behavior, 39(3), 306-325.
[13] Reddy, C. D., & Bosch, A. (2014, September). Dealing with organisational change: Employee perceptions of supervisor support during a merger of tertiary institutions. Paper presented at SAIMS 2014.
[14] 脚注13と同じ
[15] Akram, A., Kamran, M., Iqbal, M. S., Habibah, U., & Atif Ishaq, M. (2018). The impact of supervisory justice and perceived Supervisor support on organizational citizenship behavior and commitment to supervisor: the mediating role of trust. Cogent Business & Management, 5(1), 1493902.
[16] 脚注7と同じ
[17] Ahluwalia, L. (2020). Empowerment leadership and performance: Antecedents. Angewandte Chemie International Edition, 6(11), 951-952.
執筆:小田切岳士(組織活性化団体インクライン 代表)
公認心理師、ストレスチェック実施者資格保有。同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院 博士課程前期修了(臨床心理学 修士)。株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー。新卒では、企業向けメンタルヘルスサービスを提供する企業に入社し、個人カウンセラー・ストレスチェックコンサルタントに従事。その後、メンタルヘルス以外の知見を広げるべく株式会社ビジネスリサーチラボに入社。在職中に組織活性化団体インクラインを設立。ゲーム開発会社の人事を経験後、ビジネスリサーチラボ社に出戻り入社。これまでに、ストレスチェックに関する人事・産業保健部門向けのコンサルティングや、管理職・一般社員層を対象とした職場活性化ワークショップを、延べ30社・50組織以上に提供。また、人事・組織領域における学術研究レビューも100テーマ以上手がけ、理論と実務の橋渡しを行ってきた。日本産業衛生学会および日本産業精神保健学会では、それぞれ優秀演題賞を受賞。