シリーズ「ストレスチェック指標解説」では、新職業性ストレス簡易調査票(80項目版;以降「新調査票」)[1]で使用されている各指標を学術的な観点で掘り下げ、職場・組織としてできる対策のポイントを解説していきます。
今回は「仕事のコントロール」です。
質問項目
「仕事のコントロール」は、新調査票の「仕事の資源(作業レベル)」領域に含まれる指標で、以下3問で構成されています。
- 自分のペースで仕事ができる
- 自分で仕事の順番・やり方を決めることができる
- 職場の仕事の方針に自分の意見を反映できる
この項目は、職務遂行において個人が感じる自律感や、意思反映の機会に焦点を当てています。
関連する学術概念
一口に「仕事のコントロール」といっても、上述の質問項目からしか情報が得られません。ここからは「仕事のコントロール」に関連する学術概念を参照し、この指標を深掘りしてみましょう。
例えば、「仕事のコントロール」に似ている概念には以下のようなものがあります。
ジョブ・コントロール(Job Control)
ストレスチェックの指標名と同名の概念が、学術研究でも扱われています。ジョブ・コントロールは、自分の担当する作業内容や進め方を自分でコントロールできる度合いを表します[2]。ジョブ・コントロールが高い人は、仕事と家庭間の葛藤が激しい人は、やる仕事の順番も進め方も自分で決められるため、余計なストレスがなく集中して仕事ができます。
ジョブ・コントロールが高いと、ストレスの緩和、心身健康度の増加、翌年のパフォーマンスの向上につながることが分かっています[3][4][5]。
ジョブ・オートノミー(Job Autonomy)
ジョブ・オートノミーは、仕事の進め方やスケジュールを自分で決定できる自由度を表します[6]。ジョブ・オートノミーが高い人は、やり方を自分で工夫できるため、効率よく仕事が進められ、面白いと感じています。
ジョブ・オートノミーが高いと、内発的なモチベーションの増加、仕事に対する満足感の増加、パフォーマンスの増加、自分の能力に対する自信の向上につながることが示されています[7][8][9]。
統制の所在(Locus of Control)
統制の所在は、自分の行動が結果を左右できると信じている度合いを表します[10]。統制の所在はその度合いによって「内的統制」「外的統制」に分類できます。内的統制であるほど「物事の結果は自分次第」と考え、外的統制であるほど「結果は運や他者など自分以外の要因に左右される」と考えます。
内的統制であるほど、仕事に対する満足感の増加、モチベーションの増加、パフォーマンスの向上につながることが示されています[11][12]。
研究知見から考える対策への手がかり
ここで質問です。集団分析結果で「仕事のコントロール」が良くない部署があった場合、どうすれば良いでしょうか?純粋に考えれば、権限を渡すなど、質問項目に対する対策を打ったりすることになるでしょう。しかし、現実的にはそのように対処することが難しい場合もありますし、アプローチの幅が質問項目だけに限られてしまいます。
ここでは、研究知見を参照することで、質問項目以外のアプローチも探っていきたいと思います。
ジョブ・コントロールの研究から
ジョブ・コントロールを扱った研究では、以下のような条件下において、ジョブ・コントロールが促進されることが分かっています。
- 意思決定プロセスへの参加機会がある:従業員が職場の意思決定プロセスに積極的に参加できることで、自身の仕事に影響を与えられると実感し、その結果ジョブ・コントロールが高まることが示されています[13]。
- 高い技能・専門知識を有している:従業員の教育水準や職業訓練レベルが高いことで、仕事に必要な専門知識やスキルが豊富になり、上司からより大きな裁量を与えられやすくなります[14]。
- 明確な職務理解と役割把握がなされている:自分の職務範囲や仕事上の期待を従業員が十分に理解できていると、自主的な判断で業務を進めやすくなり、それがジョブ・コントロールの向上につながることが示唆されています[15]。
ジョブ・オートノミーの研究から
ジョブ・オートノミーを扱った研究では、以下のような条件下において、ジョブ・オートノミーを促進できることが分かっています。
- 組織構造が分権化されている:職場の階層がフラットで、現場の従業員に業務上の決定権限が委譲されている組織では、各従業員が自分の裁量で仕事を進めやすくなり、職務自律性が高まります[16]。
- リソースと情報へのアクセスが十分な状態:従業員が仕事に必要な資源(設備、情報、予算など)を自由に利用できる環境では、自ら意思決定して行動に移しやすくなるため、職務上の自律性が高まることが示唆されています[17]。
- 信頼に基づく組織文化がある状態:上司が細部まで干渉せず従業員を信頼して任せる文化では、従業員は安心して自主的な判断を下せるため、職務自律性が高まる傾向があることが示されています[18]。
統制の所在の研究から
統制の所在を扱った研究では、以下のような条件下において、内的統制を促進できることが分かっています。
- 主体的に意思決定・行動できる経験を得る:仕事において自分の行動が結果に結びついたという成功体験(マスタリー経験)を積むことで、物事は自分でコントロールできるという信念が育まれるため、内的統制が高まりやすくなることがわかっています[19]。
- スキル向上トレーニングの提供:従業員に対する能力開発や研修によって能力に対する自信が高まると、「結果は自分の行動次第」という意識を持ちやすくなり、内的統制が高まりやすくなると考えられます[20]。
- エンパワーメントを重視する組織文化である:従業員に自主性と責任を与え、挑戦を支援する職場文化では、「結果を左右できるのは自分自身である」という信念が強まり、内的統制が高まる傾向があります[21]。
対策のポイント
以上の研究知見に基づくと、実際にはどのような対策が考えられるでしょうか。以下、そのポイントです。
意思決定に参加できる機会を設ける
日々の業務やプロジェクトの方針決定に、現場の従業員が参加する仕組みを整えることで、「自分の意見が反映されている」という実感が生まれます。たとえば、定期的な意見交換の場や、改善提案制度などを導入することで、参加のハードルを下げることができます。
職務内容の見える化と役割の明確化
業務分担が不明確な状態では、自律的な判断が難しくなります。職務記述書の整備や役割のすり合わせを通じて、「自分の担当範囲」を明確にすることで、安心して業務を進めやすくなり、判断の自由度が高まります。加えて、上司との定期的な1on1を通じて、役割への認識をすり合わせていくことも有効です。
スキル向上と専門性の強化
業務に必要な知識や技術が身についていれば、自分のやり方で成果を出せる自信がつきます。OJTや研修制度の整備、資格取得支援などを通じて、従業員のスキルアップを支援することが、コントロール感の土台となります。また、スキルの習得過程を評価し、成長を実感できるようにすることで、内発的動機づけにもつながります。
業務に必要な情報とリソースへのアクセス保証
十分な情報やツールがなければ、自主的に仕事を進めるのは困難です。業務に必要な資料やデータ、設備などへのアクセスをスムーズにすることが、裁量を活かす前提条件になります。とくに、情報共有が偏らないよう、ナレッジの一元管理や可視化を進めることがポイントです。
信頼に基づくマネジメントと文化の醸成
上司が細かく指示・管理するのではなく、従業員の判断を信頼して任せる姿勢を持つことで、自発的に考え、動く余地が生まれます。エンパワーメントを大切にする組織文化が、コントロール感を育てる鍵となります。「失敗を許容する」文化を作ることで、従業員は安心して挑戦できるようになります。
終わりに
「仕事のコントロール」は、ストレス対策として非常に重要な要素でありながら、業務の性質や組織の仕組みによって、単純には改善しづらい面もあります。だからこそ、学術的な視点や実証研究から得られた知見を活用し、多角的にアプローチすることが求められます。
一人ひとりが「自分の仕事に影響を与えられている」と感じられるような環境づくりは、ストレスの軽減だけでなく、組織の活性化や持続可能な働き方の実現にもつながります。今回ご紹介したポイントを、ぜひ職場での改善のヒントとして活用してみてください。
脚注
[1] 新職業性ストレス簡易調査票は、無料で閲覧可能です:東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座. (2012). 新職業性ストレス簡易調査票の公表について
[2] Asif, F., Javed, U., & Janjua, S. Y. (2018). The Job Demand-Control-Support Model and Employee Wellbeing: A Meta-Analysis of Previous Research. Pakistan Journal of Psychological Research, 33(1).
[3] Gameiro, M., Chambel, M. J., & Carvalho, V. S. (2020). A person-centered approach to the job demands–control model: A multifunctioning test of addictive and buffer hypotheses to explain burnout. International Journal of Environmental Research and Public Health, 17(23), 8871.
[4] Marmot, M. G., Bosma, H., Hemingway, H., Brunner, E., & Stansfeld, S. (1997). Contribution of job control and other risk factors to social variations in coronary heart disease incidence. The lancet, 350(9073), 235-239.
[5] Nagami, M., Tsutsumi, A., Tsuchiya, M., & Morimoto, K. (2010). Job control and coworker support improve employee job performance. Industrial health, 48(6), 845-851.
[6] Hackman, J. R., & Oldham, G. R. (1976). Motivation through the design of work: Test of a theory. Organizational behavior and human performance, 16(2), 250-279.
[7] Morgeson, F. P., & Humphrey, S. E. (2006). The Work Design Questionnaire (WDQ): developing and validating a comprehensive measure for assessing job design and the nature of work. Journal of applied psychology, 91(6), 1321.
[8] Spector, P. E. (1986). Perceived control by employees: A meta-analysis of studies concerning autonomy and participation at work. Human relations, 39(11), 1005-1016.
[9] Saragih, S. (2011). The effects of job autonomy on work outcomes: Self efficacy as an intervening variable. International Research Journal of Business Studies, 4(3), 203-215.
[10] Spector, P. E. (1982). Behavior in organizations as a function of employee’s locus of control. Psychological bulletin, 91(3), 482.
[11] Judge, T. A., & Bono, J. E. (2001). Relationship of core self-evaluations traits—self-esteem, generalized self-efficacy, locus of control, and emotional stability—with job satisfaction and job performance: A meta-analysis. Journal of applied Psychology, 86(1), 80.
[12] Ng, T. W., Sorensen, K. L., & Eby, L. T. (2006). Locus of control at work: a meta‐analysis. Journal of Organizational Behavior: The International Journal of Industrial, Occupational and Organizational Psychology and Behavior, 27(8), 1057-1087.
[13] Egan, M., Bambra, C., Thomas, S., Petticrew, M., Whitehead, M., & Thomson, H. (2007). The psychosocial and health effects of workplace reorganisation. 1. A systematic review of organisational-level interventions that aim to increase employee control. Journal of Epidemiology & Community Health, 61(11), 945-954.
[14] Moreno-Pimentel, A. G., Meneses-Monroy, A., Martín-Casas, P., Zaragoza-García, I., & Girón-Daviña, P. (2019). Impact of social and occupational factors over job control. La Medicina del lavoro, 110(3), 226.
[15] 脚注14と同じ
[16] Vermeerbergen, L., Van Hootegem, G., & Benders, J. (2016). Putting a band-aid on a wooden leg: A sociotechnical view on the success of decentralisation attempts to increase job autonomy. Team Performance Management, 22(7/8), 383-398.
[17] 脚注6と同じ
[18] Ravid, D. M., White, J. C., Tomczak, D. L., Miles, A. F., & Behrend, T. S. (2023). A meta‐analysis of the effects of electronic performance monitoring on work outcomes. Personnel Psychology, 76(1), 5-40.
[19] Lee, W. R., Choi, S. B., & Kang, S. W. (2021). How leaders’ positive feedback influences employees’ innovative behavior: The mediating role of voice behavior and job autonomy. Sustainability, 13(4), 1901.
[20] Lachman, M. E., Neupert, S. D., & Agrigoroaei, S. (2010). Does cognitive training improve internal locus of control among older adults? The Journals of Gerontology: Series B, 65B(5), 591–598.
[21] Sharma, S. (2024). Relationship between locus of control, resilience and psychological empowerment among corporate employees in the private sector. International Journal of Indian Psychology, 12(3), 1905–1924.
執筆:小田切岳士(組織活性化団体インクライン 代表)
公認心理師、ストレスチェック実施者資格保有。同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院 博士課程前期修了(臨床心理学 修士)。株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー。新卒では、企業向けメンタルヘルスサービスを提供する企業に入社し、個人カウンセラー・ストレスチェックコンサルタントに従事。その後、メンタルヘルス以外の知見を広げるべく株式会社ビジネスリサーチラボに入社。在職中に組織活性化団体インクラインを設立。ゲーム開発会社の人事を経験後、ビジネスリサーチラボ社に出戻り入社。これまでに、ストレスチェックに関する人事・産業保健部門向けのコンサルティングや、管理職・一般社員層を対象とした職場活性化ワークショップを、延べ30社・50組織以上に提供。また、人事・組織領域における学術研究レビューも100テーマ以上手がけ、理論と実務の橋渡しを行ってきた。日本産業衛生学会および日本産業精神保健学会では、それぞれ優秀演題賞を受賞。