シリーズ「ストレスチェック指標解説」では、新職業性ストレス簡易調査票(80項目版;以降「新調査票」)[1]で使用されている各指標を学術的な観点で掘り下げ、職場・組織としてできる対策のポイントを解説していきます。
今回は「仕事の量的負担」です。
質問項目
「仕事の量的負担」は、新調査票の「仕事の負担」領域に含まれる指標で、以下3問で構成されています。
- 非常にたくさんの仕事をしなければならない
- 時間内に仕事が処理しきれない
- 一生懸命働かなければならない
これらの項目は、業務の“物理的な多さ”や“時間的プレッシャー”に焦点を当てています。
関連する学術概念
一口に「仕事の量的負担」といっても、上述の質問項目からしか情報が得られません。ここからは「仕事の量的負担」に関連する学術概念を参照し、この指標を深掘りしてみましょう。
例えば、「仕事の量的負担」に関連する概念には以下のようなものがあります。
作業過負荷(Work Overload)
作業過負荷は、時間内に処理すべきタスク数やスピード、労働時間の多さなどが、従業員のキャパシティを超えている状態を表します[2]。作業過負荷を強く感じている人は、業務の分量が過度に多く、限られた時間や体力ではこなしきれない状態が続いています。
作業過負荷の状態が続くと、ストレス反応・バーンアウト(燃え尽き症候群)[3]・退職しようとする意思・仕事と家庭間の葛藤の増加など、様々なネガティブな影響をもたらすことが指摘されています[4][5][6]。
時間的プレッシャー(Time Pressure)
時間的プレッシャーは、限られた時間内でタスクや意思決定を進める必要があると感じている心理状態を表します[7]。時間的プレッシャーを強く感じている人は、業務を進めるうえで常に時間に追われており、余裕をもった対応が難しい状態です。
時間的プレッシャーが高いと、ミスや事故のリスクが増加し、創造性や柔軟な思考力が低下する傾向があることが研究で分かっています[8]。
役割過多(Role Overload)
役割過多[9]とは、任されている仕事が幅広く、多くの役割や期待を同時に果たさなければならない状況を表します[10]。役割過多を感じている人は、担当している役割や期待されている業務内容が多岐にわたり、責任の重さと量の両面で過重な負担を感じています。
役割過多を強く感じることは、バーンアウトや様々な健康問題の増加に関連することが分かっています[11][12]。また、自分の能力に自信がある人でも、役割過多を感じていることで、パフォーマンスが高まりにくくなることも示されています[13]。
研究知見から考える対策への手がかり
ここで質問です。集団分析結果で「仕事の量的負担」が良くない部署があった場合、どうすれば良いでしょうか?純粋に考えれば、仕事量を減らすなど、質問項目それぞれに対する対策を打ったりすることになるでしょう。しかし、現実的には原因そのものを減らすことが難しい場合もありますし、アプローチの幅が質問項目だけに限られてしまいます。
ここでは、研究知見を参照することで、質問項目以外のアプローチも探っていきたいと思います。
作業過負荷の研究から
作業過負荷を扱った研究では、以下のような条件下において、作業過負荷の悪影響が緩和されることが分かっています。
- 仕事のコントロール度が高い:自分の仕事の進め方を自分で決められることで、作業過負荷がストレス反応に繋がりにくくなります[14][15]。
- 職場で社会的支援がある:上司や同僚からのサポートがあることで、仕事量が多くても心疾患などの健康リスクが大幅に下がります[16][17]。
- 職場の雰囲気が良い:協力し合えたり安心して働けたりする雰囲気や、チームワークの良さがある職場では、作業過負荷の状態でも燃え尽きにくくなります[18]。
- 本人の内的統制感が高い:ストレスが多い状況でも、自分で状況をコントロールできるという感覚や「自分次第でどうにかなる」という意識があると、バーンアウトが軽減されます[19]。
- 本人の心理的資本が豊富:心理的資本とは、「自分ならできるという自信(自己効力感)、目標に向かって進み続ける力(希望)、物事を前向きにとらえる心(楽観性)、そして困難から立ち直る強さ(レジリエンス)」の4つの力からなる、心の前向きなエネルギーです。心理的資本が豊富だと、作業量が多くても、バーンアウトにつながりにくいことが分かっています[20]。
時間的プレッシャーの研究から
時間的プレッシャーを扱った研究では、以下のような条件下において、逆に好影響をもたらされたりすることが分かっています。
- 前向きなプレッシャーと捉える:時間的プレッシャーを「乗り越えることが成長につながる」と捉えることで、仕事に対する自信が高まったり、イノベーションを促進します[21][22]。
- 上司から発展的なフィードバックがある:上司から信頼関係やモチベーションを高めるような関わりがあったり、「どうすればもっと良くなるか」を示したり、部下のスキル向上やキャリア開発をサポートするようなフィードバックがあったりすると、時間的プレッシャーがパフォーマンスを高めやすくなります[23]。
- 他人のために時間を使う:現代人は「時間が足りない」と感じがちで、この「時間に対する飢餓感」によって他者への協力を惜しむことが知られています。しかし実際には、他人のために適度な時間を使うことによって、「自分は有能である」「多くのことをこなせた」という自信につながるため、過度な時間的プレッシャーを感じにくくなることが実験的研究で示されました[24]。
役割過多の研究から
役割過多を扱った研究では、以下のような条件下において、役割過多の悪影響が緩和されたり、逆に好影響をもたらしたりすることが分かっています。
- 上司と良好な関係である:上司と信頼しあい、良いコミュニケーションが取れている状況では、役割過多がパフォーマンス低下に繋がりにくくなります[25]。
- 上司が部下をエンパワーメントしている:上司が部下に対して細かく指示するのではなく、「あなたのやり方で進めていいよ」「必要なら相談してみて」と任せている場合、役割過多がバーンアウトに繋がりにくく、逆に仕事に対しての満足感を高めます[26]。
- 情報の共有をしすぎない:なぜそのルールなのか・なぜこの順番で進めるのかを、上司や会社がきちんと説明してくれることは、一見良さそうなことに思えます。しかし、ルールが細かくなることで、自分の判断で動けない・いわれた通りにやらなければという感覚が強まってします。よって、丁寧すぎる情報共有は、かえって役割過多によるバーンアウトを強めてしまうことが分かっています[27]。ひるがえって、悪影響を強めないためにも、役割過多を感じている人には、必要最低限の情報を与えるのが良いと言えます。
- チームの心理的安全性が高い:「チーム内で、自分の意見を言っても否定されたり責められたりしない」という安心感があることで、役割過多による仕事上のミスが減ることが分かっています[28]。
- 本人の政治的スキルが高い:人の気持ちや状況をよく理解し、円滑な人間関係を築きながら、自分の思い通りに物事を進める力が高いと、役割が多くても緊張感や不安感が減り、仕事に対する満足感が高まります[29]。
対策のポイント
以上の研究知見に基づくと、実際にはどのような対策が考えられるでしょうか。以下、そのポイントです。
仕事の進め方に裁量を持たせる
「作業過負荷」に対しては、仕事の“量”そのものを減らすことが難しい場合でも、仕事の“進め方”に自由度を与えることで、ストレス反応を和らげる効果があります。たとえば、タスクの順番や方法を自分で決められるようにしたり、一部を在宅勤務で行えるようにしたりするなど、裁量の範囲を広げる工夫が有効です。
上司との信頼関係を築く
上司との良好な関係は、役割過多や時間的プレッシャーの悪影響を緩和するカギとなります。定期的な1on1面談を通じて、業務の進捗だけでなく、気持ちや負担感についても対話する機会を持つことで、心理的な安心感が生まれ、過重感に対する耐性が高まります。
チーム内のサポート体制を整える
同僚からの支援やチームワークは、量的な仕事負担の影響を大きく軽減します。忙しい人を孤立させず、「手が空いたら助け合う」文化を醸成することが重要です。リソースの再配分を柔軟に行えるよう、業務の可視化と共有も合わせて進めましょう。
心理的資本を育む支援を行う
個人のストレス耐性を高めるには、「自己効力感」「希望」「楽観性」「レジリエンス」といった心理的資本の強化が効果的です。目標達成のプロセスを褒めたり、困難を乗り越えた経験を共有する場をつくったりすることで、前向きなエネルギーが蓄積されます。
情報共有の“適度さ”を見直す
情報が多すぎると、判断や裁量の余地が奪われ、かえって負担感が増します。特に役割過多の状況下では、「必要な情報だけを、タイミングよく」届ける工夫が大切です。業務マニュアルやルールの簡素化、権限移譲の明確化なども見直しポイントとなります。
このように、量的負担の問題には、直接的な業務量の調整だけでなく、心理的・関係的・構造的な側面からのアプローチが有効です。現場の状況に合わせて、柔軟に対策を組み合わせていくことが重要といえるでしょう。
脚注
[1] 新職業性ストレス簡易調査票は、無料で閲覧可能です。:東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座. (2012). 新職業性ストレス簡易調査票の公表について https://mental.m.u-tokyo.ac.jp/a/87
[2] Skinner, N., & Pocock, B. (2008). Work—life conflict: Is work time or work overload more important?. Asia Pacific Journal of Human Resources, 46(3), 303-315.
[3] 仕事などの長期的なストレスによって心身が消耗し、やる気やエネルギーが著しく低下した状態を表します。
[4] TAŞTAN, S. B. (2016). Predicting job strain with psychological hardiness, organizational support, job control and work overload: an evaluation of Karasek’s DCS model. Postmodern Openings, 7(1), 107-130.
[5] Rotenstein, L. S., Brown, R., Sinsky, C., & Linzer, M. (2023). The association of work overload with burnout and intent to leave the job across the healthcare workforce during COVID-19. Journal of General Internal Medicine, 38(8), 1920-1927.
[6] 脚注1と同じ
[7] Phillips-Wren, G., & Adya, M. (2020). Decision making under stress: The role of information overload, time pressure, complexity, and uncertainty. Journal of decision systems, 29(sup1), 213-225.
[8] Baer, M., & Oldham, G. R. (2006). The curvilinear relation between experienced creative time pressure and creativity: moderating effects of openness to experience and support for creativity. Journal of Applied psychology, 91(4), 963.
[9] 役割過多は、新調査票の「仕事の負担」領域に含まれる「役割葛藤」とも関連しています。
[10] Brown, S. P., Jones, E., & Leigh, T. W. (2005). The attenuating effect of role overload on relationships linking self-efficacy and goal level to work performance. Journal of applied psychology, 90(5), 972.
[11] Yip, B., Rowlinson, S., & Siu, O. L. (2008). Coping strategies as moderators in the relationship between role overload and burnout. Construction management and economics, 26(8), 871-882.
[12] Shultz, K. S., Wang, M., & Olson, D. A. (2010). Role overload and underload in relation to occupational stress and health. Stress and Health: Journal of the International Society for the Investigation of Stress, 26(2), 99-111.
[13] Brown, S. P., Jones, E., & Leigh, T. W. (2005). The attenuating effect of role overload on relationships linking self-efficacy and goal level to work performance. Journal of applied psychology, 90(5), 972.
[14] Karasek Jr, R. A. (1979). Job demands, job decision latitude, and mental strain: Implications for job redesign. Administrative science quarterly, 285-308.
[15] この考え方はJob Demand-Control(JDC)モデルと呼ばれ、ストレスチェックの集団分析結果によく記載されている「ストレス判定図」にも適用されています。
[16] Johnson, J. V., & Hall, E. M. (1988). Job strain, work place social support, and cardiovascular disease: a cross-sectional study of a random sample of the Swedish working population. American journal of public health, 78(10), 1336-1342.
[17] この考え方はJob Demand-Control-Support(JDCR)モデルと呼ばれ、ストレスチェックの集団分析結果によく記載されている「ストレス判定図」にも適用されています。
[18] Hämmig, O., & Vetsch, A. (2021). Stress-buffering and health-protective effect of job autonomy, good working climate, and social support at work among health care workers in Switzerland. Journal of occupational and environmental medicine, 63(12), e918-e924.
[19] Gray-Stanley, J. A., & Muramatsu, N. (2011). Work stress, burnout, and social and personal resources among direct care workers. Research in developmental disabilities, 32(3), 1065-1074.
[20] López-Núñez, M. I., Rubio-Valdehita, S., Diaz-Ramiro, E. M., & Aparicio-García, M. E. (2020). Psychological capital, workload, and burnout: what’s new? the impact of personal accomplishment to promote sustainable working conditions. Sustainability, 12(19), 8124.
[21] Zhang, X., Zhao, Z., Sun, J., & Ren, J. (2024). Good stress or bad stress? An empirical study on the impact of time pressure on doctoral students’ innovative behavior. Frontiers in Psychology, 15, 1460037.
[22] Zhou, Y., Zhang, J., Zheng, W., & Fu, M. (2024). Promoting or prohibiting? investigating how time pressure influences innovative behavior under stress-mindset conditions. Behavioral Sciences, 14(2), 143.
[23] Song, H., Gao, R., Zhang, Q., & Li, Y. (2023). The nonlinear effect of time pressure on innovation performance: New insights from a meta-analysis and an empirical study. Frontiers in Psychology, 13, 1049174.
[24] Mogilner, C., Chance, Z., & Norton, M. I. (2012). Giving time gives you time. Psychological Science, 23(10), 1233-1238.
[25] Tang, W. G., & Vandenberghe, C. (2021). Role overload and work performance: The role of psychological strain and leader–member exchange. Frontiers in psychology, 12, 691207.
[26] Andrews, M. C., & Kacmar, K. M. (2014). Easing employee strain: The interactive effects of empowerment and justice on the role overload-strain relationship. Journal of Behavioral and Applied Management, 15(2), 43.
[27] 脚注25と同じ
[28] Donohue, R., Cooper, B., De Cieri, H., Sheehan, C., & Shea, T. Role Overload and Safety Incidents: An Examination of the Individual-and Cross-Level Buffering Effects of Psychological Safety. Available at SSRN 4900198.
[29] Perrewé, P. L., Zellars, K. L., Rossi, A. M., Ferris, G. R., Kacmar, C. J., Liu, Y., … & Hochwarter, W. A. (2005). Political skill: an antidote in the role overload–strain relationship. Journal of Occupational Health Psychology, 10(3), 239.
執筆:小田切岳士(組織活性化団体インクライン 代表)
公認心理師、ストレスチェック実施者資格保有。同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院 博士課程前期修了(臨床心理学 修士)。株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー。新卒では、企業向けメンタルヘルスサービスを提供する企業に入社し、個人カウンセラー・ストレスチェックコンサルタントに従事。その後、メンタルヘルス以外の知見を広げるべく株式会社ビジネスリサーチラボに入社。在職中に組織活性化団体インクラインを設立。ゲーム開発会社の人事を経験後、ビジネスリサーチラボ社に出戻り入社。これまでに、ストレスチェックに関する人事・産業保健部門向けのコンサルティングや、管理職・一般社員層を対象とした職場活性化ワークショップを、延べ30社・50組織以上に提供。また、人事・組織領域における学術研究レビューも100テーマ以上手がけ、理論と実務の橋渡しを行ってきた。日本産業衛生学会および日本産業精神保健学会では、それぞれ優秀演題賞を受賞。