シリーズ「ストレスチェック指標解説」:仕事の質的負担

シリーズ「ストレスチェック指標解説」では、新職業性ストレス簡易調査票(80項目版;以降「新調査票」)[1]で使用されている各指標を学術的な観点で掘り下げ、職場・組織としてできる対策のポイントを解説していきます。

今回は「仕事の質的負担」です。

質問項目

「仕事の質的負担」は、新調査票の「仕事の負担」領域に含まれる指標で、以下3問で構成されています。

  • かなり注意を集中する必要がある
  • 高度の知識や技術が必要なむずかしい仕事だ
  • 勤務時間中はいつも仕事のことを考えていなければならない

これらの項目は、仕事の内容の難しさや集中力の必要性といった、質的側面での負担に焦点を当てています。

関連する学術概念

一口に「仕事の質的負担」といっても、上述の質問項目からしか情報が得られません。ここからは「仕事の質的負担」に関連する学術概念を参照し、この指標を深掘りしてみましょう。

例えば、「仕事の質的負担」に似ている概念には以下のようなものがあります。

認知的負荷(Cognitive Demands)

認知的負荷は、新しい課題や予測不可能な状況への対応、業務改善・問題解決など、高度な認知的努力を必要とする度合いを表します[2]。認知的負荷が高い仕事をしている人は、頭を使って考える必要がある仕事が多く、変化や新しい問題への対応が頻繁に求められる状況にあります。

認知的負荷には複雑な効果があります。まず全般的な効果として、疲労感の増加が挙げられます。特に、始めたばかりで手探りで進めるような仕事は、健康状態の悪化や仕事に対する満足感の低下をもたらします。一方で、新たな課題に直面したり、業務改善について考えたりすることは、仕事に対する満足感を高めることも分かっています[3]

タスク複雑性(Task Complexity)

タスク複雑性は、​タスクが多くの要素やステップを含み、それらが相互に関連している度合いを表します[4]。タスク複雑性が高い仕事をしている人は、多くの情報と作業を同時に扱い、変化する状況の中で的確な判断と調整が求められる状況にあります。

タスク複雑性の効果も複雑です[5]。ネガティブな効果としては、心理的ストレスや情報処理エラーの増加があります。一方ポジティブな効果として、複雑性に適応していく過程で、個人の知識やスキルの幅が広がることも分かっています。中程度の複雑性はパフォーマンスを高めるものの、一定値以上を超えるとパフォーマンスが低下する可能性があることも指摘されています。

集中負荷(Concentration Demands)

集中負荷は、​「気を抜けない」「頭をフル回転させ続けなければならない」ような状況の度合を表します[6]。集中負荷が高い仕事をしている人は、一瞬の判断ミスが大きな影響を及ぼすため、常に高い集中力を維持しなければならないと感じています。

集中負荷もまた、両面的な効果があります。ネガティブな効果としては、「考えがまとまらない」「決断が難しい」「記憶力が低下する」といったストレス症状を経験しやすいことが分かっています[7]。反対に、ポジティブな効果としては、「自分は仕事ができている」という感覚を高めることも示されています[8]

研究知見から考える対策への手がかり

ここで質問です。集団分析結果で「仕事の質的負担」が良くない部署があった場合、どうすれば良いでしょうか?純粋に考えれば、仕事の難易度を下げるなど、質問項目それぞれに対する対策を打ったりすることになるでしょう。しかし、現実的には原因そのものに対処することが難しい場合もありますし、アプローチの幅が質問項目だけに限られてしまいます。

ここでは、研究知見を参照することで、質問項目以外のアプローチも探っていきたいと思います。

認知的負荷の研究から

認知的負荷を扱った研究では、以下のような条件下において、認知的負荷の悪影響が緩和されることが分かっています。

  • 同僚との接触の質が高い:同僚との間に信頼関係があり、支援し合い、効果的なコミュニケーションがなされている場合、問題解決にあたっての認知的負荷が緩和されることが示されています[9]
  • エラーマネジメントの組織風土がある:ミスを学習機会と捉え、罰するのではなく、失敗から学ぶことを奨励するような組織では、困難なタスクも脅威と感じにくくなり、学びへの意欲が高まることが示されています[10]
  • 本人がマルチタスク嗜好である:複数のタスクを同時並行的に行うことに快適さや満足感を覚える人は、認知的負荷が高い仕事であっても、集中力低下などの認知的ストレス症状が少ないことが分かっています[11]

タスク複雑性の研究から

タスク複雑性を扱った研究では、以下のような条件下において、タスク複雑性の悪影響が緩和されたり、逆にパフォーマンスにつながったりすることが分かっています。

  • 集団で作業する:複雑なタスクにおいては、個人よりも集団で作業した方が、負荷の分散・情報の共有・エラー修正が進み、結果としてより速く効果的な解決策を導けることが示されています[12]
  • 仕事が”充実”している:複雑なタスクであっても、自分の持つ様々なスキルを活用でき、自分で仕事の進め方を決められ、フィードバックを得られることで、内発的な動機を高め、創造性やパフォーマンスを高められることが示されています[13]
  • ロールモデルを観察する:タスクが複雑なほど、講義形式よりも「行動モデリング訓練」を受けた人の方が成果を出せることが示されています。複雑なタスクでは、「どこから手をつければよいか」「どの順序で操作すればよいか」など、タスク全体の構造を頭の中で整理する能力(メンタルモデル)が重要になります。そこで、モデル行動を見ることで、成功する手順や問題対応のパターンが脳内に構築され、複雑なプロセスを一貫して処理しやすくなります[14]

集中負荷の研究から

集中負荷を扱った研究では、以下のような条件下において、集中負荷の悪影響が緩和されることが分かっています。

  • 集中できる環境で作業する:集中力が求められる仕事では、オープンオフィスよりも個室環境の方がストレスや疲労が軽減され、パフォーマンスが安定することが分かっています[15]
  • 集中負荷を挑戦的ストレスと捉える:集中負荷を、自分の能力を高めるための貴重な経験と捉えられると、悪影響が軽減されることが分かっています[16]。挑戦的ストレスと捉えるためには、集中負荷の高い仕事が本人にとって中心的なタスクであること、本人の個人的な成長や目的達成と結びつくこと、成功すれば報酬(心理的・社会的)があること、成功する可能性がそれなりにあることなどが必要です。
  • 計画を立てる:集中が必要な作業を、先延ばしせず計画的に進めることで、負荷が分散されストレスを防ぐことができることが示されています[17]

対策のポイント

以上の研究知見に基づくと、実際にはどのような対策が考えられるでしょうか。以下、そのポイントです。

職場の人間関係を強化する

高い質的負担を抱える業務では、同僚との信頼関係や支援体制が大きな支えになります。日常的に助け合える雰囲気や、相談しやすい関係性を築くことが、認知的負荷の軽減に繋がります。業務の複雑さや集中要求をひとりで抱え込まずにすむ環境づくりが鍵です。

ミスを学びに変える職場文化を育てる

失敗を罰するのではなく、成長の機会として扱うエラーマネジメントの文化は、困難な仕事への心理的ハードルを下げます。質的に難しい仕事を「やってみよう」と思える心理的安全性があるかどうかが、パフォーマンスや持続的な挑戦意欲に大きく影響します。

個人の得意や嗜好を活かす業務設計を行う

たとえば、マルチタスクを好む人には複数タスクを、逆にひとつずつ丁寧に進めたい人には集中しやすい業務配分をするなど、個人特性に応じた仕事の割り振りが有効です。負担の感じ方には個人差があるため、「誰が・どんな働き方をすると力を発揮できるか」を丁寧に見極めることが重要です。

仕事の進め方に裁量を持たせる

自ら業務の進め方を調整できると、複雑なタスクでも「自分の仕事」としての主体感が高まり、ストレスが軽減されます。仕事の目的や背景を共有し、やり方の自由度を持たせることで、内発的な動機や創造性が引き出されやすくなります。

集中しやすい環境と計画を整える

集中力を要する業務は、環境とタイミングの工夫が効果的です。物理的に集中できる場所を確保することに加え、作業時間を計画的に確保する、朝のうちに重要タスクを片づけるなど、自ら集中しやすいリズムを作る工夫も効果的です。

終わりに

このように、仕事の質的負担に対するアプローチは、単に仕事を「楽にする」ことではなく、「どうすれば負担を成長や満足感に変換できるか」に注目することが大切です。負荷のある仕事だからこそ、働き方次第でやりがいや成長実感が得られるのです。


脚注

[1] 新職業性ストレス簡易調査票は、無料で閲覧可能です:東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座. (2012). 新職業性ストレス簡易調査票の公表について

[2] Meyer, S. C., & Hünefeld, L. (2018). Challenging cognitive demands at work, related working conditions, and employee well-being. International journal of environmental research and public health15(12), 2911.

[3] 脚注2と同じ

[4] Wood, R. E. (1986). Task complexity: Definition of the construct. Organizational behavior and human decision processes37(1), 60-82.

[5] 脚注4と同じ

[6] Xu, Y., Bach, E., & Orhede, E. (1997). Work environment and low back pain: the influence of occupational activities. Occupational and environmental Medicine54(10), 741-745.

[7] Seddigh, A., Berntson, E., Danielson, C. B., & Westerlund, H. (2014). Concentration requirements modify the effect of office type on indicators of health and performance. Journal of environmental psychology38, 167-174.

[8] Kern, M., & Zapf, D. (2021). Ready for change? A longitudinal examination of challenge stressors in the context of organizational change. Journal of Occupational Health Psychology26(3), 204.

[9] Burmeister, A., Alterman, V., Fasbender, U., & Wang, M. (2022). Too much to know? The cognitive demands of daily knowledge seeking and the buffering role of coworker contact quality. Journal of Applied Psychology107(8), 1303.

[10] Ameres, L. C., Brosi, P., & Erlmaier, T. (2021). Don’t Worry about Your Ability: Error Management Climate as Stress-Buffer for Cognitive Demands. In Academy of Management Proceedings (Vol. 2021, No. 1, p. 11758). Briarcliff Manor, NY 10510: Academy of Management.

[11] Rantanen, J., Lyyra, P., Feldt, T., Villi, M., & Parviainen, T. (2021). Intensified job demands and cognitive stress symptoms: the moderator role of individual characteristics. Frontiers in psychology12, 607172.

[12] Almaatouq, A., Alsobay, M., Yin, M., & Watts, D. J. (2021). Task complexity moderates group synergy. Proceedings of the National Academy of Sciences118(36), e2101062118.

[13] Gong, T., & Choi, J. N. (2016). Effects of task complexity on creative customer behavior. European Journal of Marketing50(5/6), 1003-1023.

[14] Bolt, M. A., Killough, L. N., & Koh, H. C. (2001). Testing the interaction effects of task complexity in computer training using the social cognitive model. Decision Sciences32(1), 1-20.

[15] Seddigh, A., Berntson, E., Danielson, C. B., & Westerlund, H. (2014). Concentration requirements modify the effect of office type on indicators of health and performance. Journal of environmental psychology38, 167-174.

[16] 脚注8と同じ

[17] 脚注8と同じ

執筆:小田切岳士(組織活性化団体インクライン 代表)

公認心理師、ストレスチェック実施者資格保有。同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院 博士課程前期修了(臨床心理学 修士)。株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー。新卒では、企業向けメンタルヘルスサービスを提供する企業に入社し、個人カウンセラー・ストレスチェックコンサルタントに従事。その後、メンタルヘルス以外の知見を広げるべく株式会社ビジネスリサーチラボに入社。在職中に組織活性化団体インクラインを設立。ゲーム開発会社の人事を経験後、ビジネスリサーチラボ社に出戻り入社。これまでに、ストレスチェックに関する人事・産業保健部門向けのコンサルティングや、管理職・一般社員層を対象とした職場活性化ワークショップを、延べ30社・50組織以上に提供。また、人事・組織領域における学術研究レビューも100テーマ以上手がけ、理論と実務の橋渡しを行ってきた。日本産業衛生学会および日本産業精神保健学会では、それぞれ優秀演題賞を受賞。

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