シリーズ「ストレスチェック指標解説」では、新職業性ストレス簡易調査票(80項目版;以降「新調査票」)[1]で使用されている各指標を学術的な観点で掘り下げ、職場・組織としてできる対策のポイントを解説していきます。
今回は「ワーク・セルフ・バランス(ネガティブ)」です。
質問項目
「ワーク・セルフ・バランス(ネガティブ)」は、新調査票の「仕事の負担」領域に含まれる指標で、以下1問で構成されています。
- 仕事のことを考えているため自分の生活を充実させられない
この項目は、仕事が生活の質に及ぼすネガティブな影響に焦点を当てています。
関連する学術概念
一口に「ワーク・セルフ・バランス(ネガティブ)」といっても、上述の質問項目からしか情報が得られません。ここからは「ワーク・セルフ・バランス(ネガティブ)」に関連する学術概念を参照し、この指標を深掘りしてみましょう。
例えば、「ワーク・セルフ・バランス(ネガティブ)」に似ている概念には以下のようなものがあります。
仕事と家庭間の葛藤(Work–Life Conflict)
仕事と家庭間の葛藤は、仕事と私生活における役割が互いに両立せず、両方の要求が衝突することを表します[2]。仕事と家庭間の葛藤が激しい人は、仕事が私生活の時間にまで入り込んでしまっていると感じており、仕事による多忙さやストレスのために、家族や趣味、休息といった個人の時間を楽しめなくなっています[3]。
仕事と家庭間の葛藤が高いと、ワーク・ライフ・バランスの質、心理的健康、ワーク・エンゲージメントの低下や、うつ症状・バーンアウト(燃え尽き症候群)の増加と関連することが分かっています[4][5][6]。
仕事関連の反すう(Work-Related Rumination)
ストレスチェックで扱われている指標名と同じものが、学術的な概念として存在します。仕事関連の反すうは、勤務時間外にも仕事の問題について繰り返し考え続けてしまい、頭から離れない傾向を表します[7]。仕事関連の反すうを良くする人は、たとえ物理的には職場を離れていても、心はずっと仕事に縛られたままです。夜中にメールの文面を何度も頭の中でシミュレーションしたり、同僚とのやり取りを反芻したりして眠れなくなったりします。
仕事関連の反すうが多いことは、心理的な興奮状態を持続させ、入眠困難や中途覚醒を引き起こしたり、疲労やネガティブ感情が残ったり、抑うつにつながりやすかったりすることが分かっています[8][9][10]。
職場テレプレッシャー(Workplace Telepressure)
現代ならではの概念をご紹介します。職場テレプレッシャーは、勤務時間外でも仕事のメールやチャットにすぐ返答しなければならないプレッシャーを感じる状態を表します[11]。職場テレプレッシャーを強く感じている人は、勤務時間外でも「職場・仕事とつながっていなければ」という不安を感じ、家族との食事中に緊急でもないメールに返事をしてしまったり、就寝前にメッセージの通知を気にして眠れなかったりしています。
職場テレプレッシャーが高いと、ワーク・ライフ・バランスが損なわれたり、不安感・抑うつ傾向が強まったり、バーンアウトしやすくなることが示されています[12][13][14]。
研究知見から考える対策への手がかり
ここで質問です。集団分析結果で「ワーク・セルフ・バランス(ネガティブ)」が良くない部署があった場合、どうすれば良いでしょうか?純粋に考えれば、負荷の低い仕事を任せるなど、質問項目に対する対策を打ったりすることになるでしょう。しかし、現実的には原因そのものに対処することが難しい場合もありますし、アプローチの幅が質問項目だけに限られてしまいます。
ここでは、研究知見を参照することで、質問項目以外のアプローチも探っていきたいと思います。
仕事と家庭間の葛藤の研究から
仕事と家庭間の葛藤を扱った研究では、以下のような条件下において、仕事と家庭間の葛藤が減ったり、葛藤による悪影響が緩和することが分かっています。
- 社会的支援が豊富にある:家族や同僚から強力なサポートを得られることで、仕事と家庭間の両立ストレスが緩和されることが分かっています[15]。
- 勤務形態が柔軟である: 務時間や場所の融通が利くことで、スケジュール調整がしやすくなり、役割間の衝突が減少することが示されています[16]。
- タイムマネジメント能力が高い:時間管理や計画立案スキルがあると、仕事と家庭それぞれに十分な時間を割け、両立の負担感が軽減されます[17]。
仕事関連の反すうの研究から
仕事関連の反すうを扱った研究では、以下のような条件下において、仕事関連の反すうの悪影響を緩和できることが分かっています。
- 仕事で欲求が満たされている:仕事において自律性や有能感など基本的欲求が満たされていることで、感情的な反すうが減る傾向があることが分かっています[18]。
- セルフ・コンパッションを行っている:失敗や困難に直面した際に自分を過度に責めず、自分に思いやりをもって受け止める力が高いことで、仕事ストレスによるネガティブな反芻思考のメンタルヘルスへの悪影響が緩和されることが示唆されています[19]。
- 適度に身体を動かしている:日常的に適度な運動習慣があることで、ストレスによる生理的な過緊張が緩和され、ネガティブな反すう思考の身体への影響が和らぐことがわかっています[20]。
職場テレプレッシャーの研究から
職場テレプレッシャーを扱った研究では、以下のような条件下において、職場テレプレッシャーの悪影響を緩和できることが分かっています。
- 仕事の自律性が高い:仕事の進め方やタイミングを自分で決定できる裁量が大きい場合、職場テレプレッシャーの悪影響が一部緩和されることが示唆されています[21][22]。
- ICT境界をしっかり設定する:従業員自身が就業後に仕事用デバイスの通知をオフにする、連絡対応時間を限定するなど明確な境界を設けることで、テレプレッシャーが和らぎます[23]。
- 明確な「切断」ポリシーを設ける:勤務時間外の連絡を控えるといった企業方針があることで、テレプレッシャーによる燃え尽きが緩和されます[24]。
対策のポイント
以上の研究知見に基づくと、実際にはどのような対策が考えられるでしょうか。以下、そのポイントです。
柔軟な働き方の導入と促進
フレックスタイム制やリモートワークなど、時間や場所に柔軟性のある働き方は、家庭や個人の生活との両立を助けます。特に、子育てや介護などの制約がある従業員にとっては、仕事の負担感を軽減し、私生活の充実感を損なわずに済むようになります。また、自分のペースで仕事を進められることも、侵食を抑える一つの手段です。
ICT利用に関する明確なルール整備
勤務時間外のメール返信やチャット対応が常態化していると、職場テレプレッシャーの温床となり、生活全体が仕事に支配される感覚が強まります。企業として、業務時間外の連絡は控えるというガイドラインを設けたり、夜間通知をオフにする設定を推奨したりすることで、つながり続けなければならない不安を和らげることができます。
組織内のサポート体制強化
上司や同僚、チーム内での相談体制やサポート文化の醸成も大切です。仕事で困難に直面したときに、一人で抱え込まず相談できる環境があることで、心理的負荷が軽減されます。特に家庭と仕事の両立が難しい場面では、柔軟な対応や周囲の理解が大きな助けになります。
メンタルリテラシーの向上支援
セルフ・コンパッションやストレスマネジメントに関する研修・教育も有効です。自分を過度に責めず、困難な状況でも冷静に対処する力を養うことで、仕事関連の反すうやネガティブ思考に引きずられることが減り、オフタイムにしっかりと回復できるようになります。
業務設計と裁量の見直し
職務内容やタスクの割り振りを見直し、従業員が自律的に仕事を進められるような環境を整えることも、ワーク・セルフ・バランスの改善に繋がります。例えば、意思決定の自由度が高い業務設計にすることで、仕事に対するコントロール感が高まり、勤務時間外にまで意識が縛られる状態を防ぎやすくなります。
終わりに
「ワーク・セルフ・バランス(ネガティブ)」は、たった1問の設問で評価される指標ですが、その背後には複数の心理社会的な要因が複雑に絡み合っています。今回ご紹介した学術的概念や研究知見を通じて見えてくるのは、この指標が単なる「忙しさ」だけではなく、「心の余白」や「つながりの質」、「自律性」など、多様な側面に影響を受けているということです。働き方改革やメンタルヘルス対策が進む今だからこそ、表面的な対症療法ではなく、従業員一人ひとりの生活全体を支える視点が求められます。
脚注
[1] 新職業性ストレス簡易調査票は、無料で閲覧可能です:東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座. (2012). 新職業性ストレス簡易調査票の公表について
[2] Sirgy, M. J., & Lee, D. J. (2018). Work-life balance: An integrative review. Applied Research in Quality of Life, 13, 229-254.
[3] 「仕事と家庭間の葛藤」は、家庭・プライベートでの役割が仕事での役割を侵食することも含む概念です。しかし本稿ではストレスチェックの項目に則り、仕事→家庭方向での役割侵食のみ記述しています。
[4] Bian, X., & Mohd Sukor, M. S. (2024). The mediating effect of work-life balance on the relationship between work-family conflict and psychological well-being among Chinese working women. Scientific Reports, 14(1), 27421.
[5] Zhang, Y., Dugan, A. G., El Ghaziri, M., Siddique, S., & Punnett, L. (2023). Work–Family Conflict and Depression Among Healthcare Workers: The Role of Sleep and Decision Latitude. Workplace health & safety, 71(4), 195-205.
[6] Zhang, Y., Wang, Y., Zhang, L., Liu, H., & Wang, L. (2024). The effects of work–family conflict, work engagement, and job burnout on self-rated health of public health emergency responders in Jilin Province, China, in the context of the COVID-19. Frontiers in Public Health, 12, 1469584.
[7] Querstret, D., & Cropley, M. (2012). Exploring the relationship between work-related rumination, sleep quality, and work-related fatigue. Journal of occupational health psychology, 17(3), 341.
[8] Berset, M., Elfering, A., Lüthy, S., Lüthi, S., & Semmer, N. K. (2011). Work stressors and impaired sleep: Rumination as a mediator. Stress and Health, 27(2), e71-e82.
[9] Thakur, M., Chandrasekaran, V., & Guddattu, V. (2018). Role conflict and psychological well-being in school teachers: A cross-sectional study from southern India. Journal of clinical and diagnostic research, 12(7), 1-6.
[10] Wu, Q., Cao, H., & Du, H. (2023). Work stress, work-related rumination, and depressive symptoms in university teachers: Buffering effect of self-compassion. Psychology Research and Behavior Management, 1557-1569.
[11] Santuzzi, A. M., & Barber, L. K. (2018). Workplace telepressure and worker well-being: The intervening role of psychological detachment. Occupational Health Science, 2(4), 337-363.
[12] Barber, L. K., Conlin, A. L., & Santuzzi, A. M. (2019). Workplace telepressure and work–life balance outcomes: The role of work recovery experiences. Stress and Health, 35(3), 350-362.
[13] Semaan, R., Gamaiunova, L., Teixeira, P. P., Nater, U. M., Heinzer, R., Haba-Rubio, J., Vlerick, P., Cambier, R., & Gomez, P. (2025). Psychometric properties of telepressure measures in the workplace and private life among French-speaking employees. BMC Psychology, 13, Article 329.
[14] Kao, K. Y., Chi, N. W., Thomas, C. L., Lee, H. T., & Wang, Y. F. (2020). Linking ICT availability demands to burnout and work-family conflict: The roles of workplace telepressure and dispositional self-regulation. The Journal of Psychology, 154(5), 325-345.
[15] Kossek, E. E., Pichler, S., Bodner, T., & Hammer, L. B. (2011). Workplace social support and work–family conflict: A meta‐analysis clarifying the influence of general and work–family‐specific supervisor and organizational support. Personnel psychology, 64(2), 289-313.
[16] Kelly, E. L., Kossek, E. E., Hammer, L. B., Durham, M., Bray, J., Chermack, K., Murphy, L. A., & Kaskubar, D. (2008). Getting there from here: Research on the effects of work–family initiatives on work–family conflict and business outcomes. Academy of Management Annals, 2(1), 305–349.
[17] Peykar, S., Vahedparast, H., Gharibi, T., & Bagherzadeh, R. (2023). Examining the impact of time management and resilience training on work-family conflict among Iranian female nurses: a randomized controlled trial. BMC nursing, 22(1), 470.
[18] Manuoglu, E. (2023). The role of perceived autonomy support and fear of failure: A weekly diary study on work-related rumination. Plos one, 18(10), e0291312.
[19] Svendsen, J. L., Kvernenes, K. V., Wiker, A. S., & Dundas, I. (2017). Mechanisms of mindfulness: Rumination and self-compassion. Nordic Psychology, 69(2), 71-82.
[20] Puterman, E., O’Donovan, A., Adler, N. E., Tomiyama, A. J., Kemeny, M., Wolkowitz, O. M., & Epel, E. (2011). Physical activity moderates effects of stressor-induced rumination on cortisol reactivity. Psychosomatic medicine, 73(7), 604-611.
[21] Bauer, J. C., & Simmons, P. R. (2000). Role ambiguity: A review and integration of the literature. Journal of Modern Business, 3(1), 41-47.
[22] 論文内では、テクノロジー利用による自律性(柔軟性)はプレッシャー増につながりうる「両刃の剣」であることも指摘されています
[23] Wilder, E., Aziz, S., & Wuensch, K. (2023). Working 9 to always: relationships among workplace telepressure, ICT boundary creation, and workaholism. Health Psychology Report, 12(3), 227.
[24] Barber, L. K., Santuzzi, A. M., & Hu, X. (2023). Tackling the Problem of Workplace Telepressure: Are Disconnection Policies Helpful?. Group & Organization Management, 10596011231206206.
執筆:小田切岳士(組織活性化団体インクライン 代表)
公認心理師、ストレスチェック実施者資格保有。同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院 博士課程前期修了(臨床心理学 修士)。株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー。新卒では、企業向けメンタルヘルスサービスを提供する企業に入社し、個人カウンセラー・ストレスチェックコンサルタントに従事。その後、メンタルヘルス以外の知見を広げるべく株式会社ビジネスリサーチラボに入社。在職中に組織活性化団体インクラインを設立。ゲーム開発会社の人事を経験後、ビジネスリサーチラボ社に出戻り入社。これまでに、ストレスチェックに関する人事・産業保健部門向けのコンサルティングや、管理職・一般社員層を対象とした職場活性化ワークショップを、延べ30社・50組織以上に提供。また、人事・組織領域における学術研究レビューも100テーマ以上手がけ、理論と実務の橋渡しを行ってきた。日本産業衛生学会および日本産業精神保健学会では、それぞれ優秀演題賞を受賞。