シリーズ「ストレスチェック指標解説」では、新職業性ストレス簡易調査票(80項目版;以降「新調査票」)[1]で使用されている各指標を学術的な観点で掘り下げ、職場・組織としてできる対策のポイントを解説していきます。
今回は「身体的負担度」です。
質問項目
「身体的負担度」は、新調査票の「仕事の負担」領域に含まれる指標で、以下1問で構成されています。
- からだを大変よく使う仕事だ
この項目は、仕事における身体的な動作の頻度と強度に焦点を当てています。
関連する学術概念
一口に「身体的負担度」といっても、上述の質問項目からしか情報が得られません。ここからは「身体的負担度」に関連する学術概念を参照し、この指標を深掘りしてみましょう。
例えば、「身体的負担度」に似ている概念には以下のようなものがあります。
身体的な仕事の要求(Physical Job Demands)
身体的な仕事の要求は、仕事中に体力や身体活動を必要とする度合いを表します[2]。身体的な仕事の要求が高い仕事をしている人は、日常的に強い身体的努力を求められ、疲労や身体的消耗が蓄積しやすいな状況にあります。
身体的な仕事の要求が増加すると、作業能力の低下[3]や、バーンアウト(燃え尽き症候群)[4]・死亡リスクの増加[5][6]につながることが、研究で示されています。
身体的作業負荷(Physical Workload)
身体的作業負荷は、仕事を行う際の身体的な努力・疲労感の総量を表します。身体的作業負荷が高い仕事をしている人は、一日の仕事でかなり体を使うため、仕事終わりにぐったり疲れてしまう状況にあるといえます。
身体的作業負荷が増加すると、筋骨格系への負担を増加させ、健康問題のリスクを高めます[7]。特に、本人の能力を超える身体的な作業負荷がかかることが、リスク増加の要因となります[8]。
研究知見から考える対策への手がかり
ここで質問です。集団分析結果で「身体的負担度」が良くない部署があった場合、どうすれば良いでしょうか?純粋に考えれば、肉体的負荷を下げるなど、質問項目に対する対策を打ったりすることになるでしょう。しかし、現実的には原因そのものに対処することが難しい場合もありますし、アプローチの幅が質問項目だけに限られてしまいます。
ここでは、研究知見を参照することで、質問項目以外のアプローチも探っていきたいと思います。
身体的な仕事の要求の研究から
身体的な仕事の要求を扱った研究では、以下のような条件下において、身体的な仕事の要求の悪影響が緩和されることが分かっています。
- 十分な休憩機会がある:定期的に休憩を取れることで、筋骨格系の負担が回復しやすくなることが示されています[9]。
- 適切な作業支援ツールが使用できる:リフト機器や補助ツールの利用によって、身体的負荷を物理的に軽減できることが分かっています[10]。
- 仕事の設計が工夫されている:単調な作業を避け、さまざまなバリエーションのタスクに取り組むことで、同じ筋肉群への過剰負荷を避けることができます[11]。
身体的作業負荷の研究から
身体的作業負荷を扱った研究では、以下のような条件下において、身体的作業負荷の悪影響が緩和されることが分かっています。
- ウォーミングアップが実施されている:作業前に筋肉や関節を準備状態にしておくことで、作業中のけがや疲労が軽減されることが示されています[12]。
- 仕事のコントロール度が高い:自分で働く時間や場所、量を決められる自由度が高いことで、無理な身体負荷を回避できることが示唆されています[13]。
- マニュアルや教育訓練が充実している:特に危険な作業やタスクに対しては、シミュレーション訓練を用いることで、安全に練習を行い、エラーや負担を最小限に抑えることができると考えられています[14]。
対策のポイント
以上の研究知見に基づくと、実際にはどのような対策が考えられるでしょうか。以下、そのポイントです。
定期的な休憩機会を設ける
身体的負担を軽減するためには、仕事中に適切なタイミングで休憩を取れる環境を整えることが重要です。特に、同じ動作を繰り返す業務では、短い休憩をこまめに挟むことで筋肉や関節の回復を促進し、疲労蓄積を防ぐ効果が期待できます。
作業支援ツールや補助機器の導入を進める
リフト装置や運搬補助具などの作業支援ツールを活用することで、従業員の身体への直接的な負荷を減らすことが可能です。負担が大きい部署では、業務内容を分析し、必要なツールを導入することが、効果的な対策となります。
仕事内容にバリエーションを持たせる
単調な作業を長時間続けることは、特定部位への負担を集中させる原因になります。作業内容に変化をつけたり、ローテーション業務を導入したりして、異なる筋肉群を使用する工夫をすることが、負担分散につながります。
ウォーミングアップとストレッチを習慣化する
作業開始前や休憩後に軽いストレッチやウォーミングアップを行うことで、筋肉や関節の柔軟性を高め、ケガのリスクや疲労感を軽減することができます。職場全体で取り組む仕組み作りが効果的です。
作業の自主性・裁量を尊重する
仕事のコントロール感(=自分である程度ペースや方法を選べる感覚)は、身体的負荷の心理的な重さを和らげます。可能な範囲で、作業ペースや段取りを本人に任せる工夫をすると、ストレス軽減にもつながります。
終わりに
「身体的負担度」は、一見すると個人の体力や働き方に左右されるように思われがちですが、職場環境や組織的な支援によって大きく変えることができます。小さな工夫の積み重ねが、従業員の健康を守り、職場全体の活力を高めることにつながります。
脚注
[1] 新職業性ストレス簡易調査票は、無料で閲覧可能です:東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座. (2012). 新職業性ストレス簡易調査票の公表について
[2] Karasek, R., Brisson, C., Kawakami, N., Houtman, I., Bongers, P., & Amick, B. (1998). The Job Content Questionnaire (JCQ): An instrument for internationally comparative assessments of psychosocial job characteristics. Journal of Occupational Health Psychology, 3(4), 322–355.
[3] Skovlund, S. V., Bláfoss, R., Sundstrup, E., & Andersen, L. L. (2020). Association between physical work demands and work ability in workers with musculoskeletal pain: cross-sectional study. BMC Musculoskeletal Disorders, 21, 1-8.
[4] 仕事などの長期的なストレスによって心身が消耗し、やる気やエネルギーが著しく低下した状態を表します。
[5] de Vries, J. D., & Bakker, A. B. (2022). The physical activity paradox: a longitudinal study of the implications for burnout. International archives of occupational and environmental health, 1-15.
[6] Coenen, P., Huysmans, M. A., Holtermann, A., Krause, N., Van Mechelen, W., Straker, L. M., & Van Der Beek, A. J. (2018). Do highly physically active workers die early? A systematic review with meta-analysis of data from 193 696 participants. British journal of sports medicine, 52(20), 1320-1326.
[7] Cillekens, B., van Eeghen, E., Oude Hengel, K. M., & Coenen, P. (2023). Within-individual changes in physical work demands associated with self-reported health and musculoskeletal symptoms: a cohort study among Dutch workers. International Archives of Occupational and Environmental Health, 96(9), 1301-1311.
[8] Bagherifard, F., Daneshmandi, H., Ziaei, M., Ghaem, H., Khoshbakht, R., Jaberi, O., & Choobineh, A. (2022). Comparison of physical workload and physical work capacity among municipality cleaners in Shiraz to determine number of workers needed to counterbalance physical workload. BMC Sports Science, Medicine and Rehabilitation, 14(1), 85.
[9] Tissot, F., Messing, K., & Stock, S. (2009). Studying the relationship between low back pain and working postures among those who stand and those who sit most of the working day. Ergonomics, 52(11), 1402-1418.
[10] Garg, A., & Kapellusch, J. M. (2009). Applications of biomechanics for prevention of work-related musculoskeletal disorders. Ergonomics, 52(1), 36-59.
[11] Westgaard, R. H., & Winkel, J. (1996). Guidelines for occupational musculoskeletal load as a basis for intervention: a critical review. Applied ergonomics, 27(2), 79-88.
[12] Fradkin, A. J., Zazryn, T. R., & Smoliga, J. M. (2010). Effects of warming-up on physical performance: a systematic review with meta-analysis. The Journal of Strength & Conditioning Research, 24(1), 140-148.
[13] Kelly, E. L., & Moen, P. (2007). Rethinking the clockwork of work: Why schedule control may pay off at work and at home. Advances in developing human resources, 9(4), 487-506.
[14] Salas, E., Tannenbaum, S. I., Kraiger, K., & Smith-Jentsch, K. A. (2012). The science of training and development in organizations: What matters in practice. Psychological science in the public interest, 13(2), 74-101.
執筆:小田切岳士(組織活性化団体インクライン 代表)
公認心理師、ストレスチェック実施者資格保有。同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院 博士課程前期修了(臨床心理学 修士)。株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー。新卒では、企業向けメンタルヘルスサービスを提供する企業に入社し、個人カウンセラー・ストレスチェックコンサルタントに従事。その後、メンタルヘルス以外の知見を広げるべく株式会社ビジネスリサーチラボに入社。在職中に組織活性化団体インクラインを設立。ゲーム開発会社の人事を経験後、ビジネスリサーチラボ社に出戻り入社。これまでに、ストレスチェックに関する人事・産業保健部門向けのコンサルティングや、管理職・一般社員層を対象とした職場活性化ワークショップを、延べ30社・50組織以上に提供。また、人事・組織領域における学術研究レビューも100テーマ以上手がけ、理論と実務の橋渡しを行ってきた。日本産業衛生学会および日本産業精神保健学会では、それぞれ優秀演題賞を受賞。