シリーズ「ストレスチェック指標解説」では、新職業性ストレス簡易調査票(80項目版;以降「新調査票」)[1]で使用されている各指標を学術的な観点で掘り下げ、職場・組織としてできる対策のポイントを解説していきます。
今回は「職場での対人関係」です。
質問項目
「職場での対人関係」は、新調査票の「仕事の負担」領域に含まれる指標で、以下3問で構成されています。
- 私の部署内で意見のくい違いがある
- 私の部署と他の部署とはうまが合わない
- 私の職場の雰囲気は友好的である(逆転)
これらの項目は、職場の中や部署間での人間関係における摩擦や協力など、仕事の進めやすさに関わる対人環境に焦点を当てています。
関連する学術概念
一口に「職場での対人関係」といっても、上述の質問項目からしか情報が得られません。ここからは「職場での対人関係」に関連する学術概念を参照し、この指標を深掘りしてみましょう。
例えば、「職場での対人関係」に似ている概念には以下のようなものがあります。
関係的コンフリクト(Relationship Conflict)
関係的コンフリクトは、職場内で意見や価値観の不一致から生じる個人的な緊張や対立のことを表します[2]。関係的葛藤が頻発している職場では、いつも人間関係のいざこざが絶えず、言い争いや不満が渦巻いています。
関係的コンフリクトが高まりすぎると、メンバー間での協力行動や満足度、ひいてはチームパフォーマンスが低下することが実証されています[3][4]。
対人信頼(Interpersonal Trust)
対人信頼は、同僚や上司が誠実で自分に好意的に振る舞ってくれるという期待のもとに、自分の弱みをさらけ出す程度を表します[5]。対人信頼が少ない職場では、同僚のことを信用できず、何を言っても裏切られるのではないかと疑ってしまう雰囲気があります。
対人信頼が低いと、個人・チームとしてのパフォーマンスの低下につながることが示されています[6]。
チーム凝集性(Team Cohesion)
チーム凝集性は、 グループの一体感・結びつきであり、メンバーがチームに愛着を持ち、離れたがらない度合いを表します[7]。チーム凝集性が低い職場では、職場にまとまりがなく、誰もチームとして協力しようとせず、バラバラに動いています。
チーム凝集性が低いと、チームパフォーマンスが低下することが示されています[8]。
研究知見から考える対策への手がかり
ここで質問です。集団分析結果で「職場での対人関係」が良くない部署があった場合、どうすれば良いでしょうか?純粋に考えれば、対人関係を良くするなど、質問項目それぞれに対する対策を打ったりすることになるでしょう。しかし、現実的には原因そのものに対処することが難しい場合もありますし、アプローチの幅が質問項目だけに限られてしまいます。
ここでは、研究知見を参照することで、質問項目以外のアプローチも探っていきたいと思います。
関係的コンフリクトの研究から
関係的コンフリクトを扱った研究では、以下のような条件下において、関係的コンフリクトが減少することが分かっています。
- メンバーの感情知性が高い:チーム内でメンバー間の感情理解・共感能力が高いことで、関係的コンフリクトの発生頻度や強度が低下することが示されています[9]。
- メンバーが行動的に統合されている:チームメンバー間で情報共有や共同意思決定が活発に行われることで、対人的コンフリクトが減少し、チームのパフォーマンス向上に寄与することが示されています[10]。
- 相互依存性が高い:メンバーの業務や目標が相互に依存している状態では協力が促進され、メンバー同士の協働関係が深まるため、対人関係的コンフリクトが減少することが報告されています[11]。
対人信頼の研究から
対人信頼を扱った研究では、以下のような条件下において、対人信頼そのものを向上できることが分かっています。
- オープンなコミュニケーションが実践されている:情報や意見を率直に共有できる環境が整うことで、メンバー間の信頼形成が促進されることが示されています[12]。
- パースペクティブテイキングができている:協力が求められる場面で、相手の立場に立って考え、相手の善意を認識することで、対人信頼が高まることが示されています[13]。
- 上司・組織からの積極的なサポートがある:経営者や管理層による支援が手厚いことで、従業員間の信頼感が醸成されることが示されています[14]。
チーム凝集性の研究から
チーム凝集性を扱った研究では、以下のような条件下において、チーム凝集性を向上できることが分かっています。
- ビジョン共有がしっかりなされている:ビジョンや目標に共通の意味づけを行い全員で共有することで、多様なメンバー間の一体感が醸成され、チーム凝集性が向上することが示されています[15]。
- チームビルディング施策を行う:ワークショップや共同活動などのチームビルディング施策を実施することで、メンバー間の協力意識や連帯感が強まり、チーム凝集性が高まることが報告されています[16]。
- 上司・組織からの支援がある:管理職や組織からの手厚い支援があることで、メンバーが安心して協力できる環境が生まれ、凝集性が向上することが示唆されています[17]。
対策のポイント
以上の研究知見に基づくと、実際にはどのような対策が考えられるでしょうか。以下、そのポイントです。
感情知能を高めるトレーニングを導入する
感情知能は、他者の感情を理解し、適切に反応する力を指します。感情知能を高めるトレーニングを実施することで、メンバー間の共感力や感情調整力が向上し、関係的コンフリクトの頻度と強度を下げることが期待できます。ロールプレイやケーススタディなどを通じ、日常的に感情に気づき、尊重し合う文化を育てましょう。
オープンなコミュニケーション文化を育む
対人信頼を高めるためには、意見や感情を率直に伝え合える環境づくりが不可欠です。ミーティングでの意見共有ルールを明確にしたり、「素直な意見をすぐ否定しない」といったことを意識した発言促進を行ったりすることで、メンバー同士が安心して本音を話せる土壌を整えましょう。
相互依存的な業務設計を行う
チーム内で「お互いに頼り合う」必要性が高まると、自然に協力関係が促進され、関係的コンフリクトの予防につながります。プロジェクトや業務設計の段階で、メンバー間の役割を連携させる工夫をすることが効果的です。
ビジョン・目標を共に設定し、共有する
チーム凝集性を高めるためには、メンバー全員が「なぜこの仕事をするのか」という目的意識を共有することが大切です。単なる目標設定にとどまらず、ビジョンの意味や意義について話し合う機会を定期的に設けることで、チーム全体の一体感を強化できます。
チームビルディング活動を定期的に実施する
ワークショップやレクリエーションなど、業務外でも協力し合う体験を重ねることで、自然な信頼関係と親近感が育まれます。短時間でもよいので、定期的に「共に体験する場」を設けることが、職場全体の対人関係改善に役立ちます。
終わりに
「職場での対人関係」は、ストレスチェックの結果を読み解くうえで、非常に重要な指標です。しかし、人間関係は単に「仲が良い・悪い」といった表面的なものではなく、感情知性、信頼、チームの一体感といった複数の要素が複雑に関係しています。
今回ご紹介した研究知見と対策ポイントを参考に、表面的な問題だけでなく、その背後にあるチームの働き方や文化そのものを見直す取り組みを進めていきましょう。一朝一夕に変化するものではありませんが、地道な取り組みの積み重ねが、より良い職場づくりへとつながります。
脚注
[1] 新職業性ストレス簡易調査票は、無料で閲覧可能です:東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座. (2012). 新職業性ストレス簡易調査票の公表について
[2] Jehn, K. A. (1997). A qualitative analysis of conflict types and dimensions in organizational groups. Administrative science quarterly, 530-557.
[3] De Dreu, C. K., & Weingart, L. R. (2003). Task versus relationship conflict, team performance, and team member satisfaction: a meta-analysis. Journal of applied Psychology, 88(4), 741-749.
[4] Jehn, K. A., & Mannix, E. A. (2001). The dynamic nature of conflict: A longitudinal study of intragroup conflict and group performance. Academy of management journal, 44(2), 238-251.
[5] Mayer, R. C., Davis, J. H., & Schoorman, F. D. (1995). An integrative model of organizational trust. Academy of management review, 20(3), 709-734.
[6] De Jong, B. A., Dirks, K. T., & Gillespie, N. (2016). Trust and team performance: A meta-analysis of main effects, moderators, and covariates. Journal of applied psychology, 101(8), 1134–1150.
[7] Mullen, B., & Copper, C. (1994). The relation between group cohesiveness and performance: An integration. Psychological bulletin, 115(2), 210–227.
[8] Kern, M., & Zapf, D. (2021). Ready for change? A longitudinal examination of challenge stressors in the context of organizational change. Journal of Occupational Health Psychology, 26(3), 204.
[9] Yin, J., Qu, M., Liao, G., Jia, M., & Li, M. (2022). Exploring the relationships between team leader’s conflict management styles and team passion: From the emotional perspective. Frontiers in psychology, 13, 921300.
[10] Mogård, E. V., Rørstad, O. B., & Bang, H. (2022). The relationship between psychological safety and management team effectiveness: the mediating role of behavioral integration. International journal of environmental research and public health, 20(1), 406.
[11] Lee, C. C., Lin, Y. H., Huang, H. C., Huang, W. W., & Teng, H. H. (2015). The effects of task interdependence, team cooperation, and team conflict on job performance. Social Behavior and Personality: an international journal, 43(4), 529-536.
[12] Yasir, M., & Majid, A. (2017). Impact of knowledge management enablers on knowledge sharing: is trust a missing link in SMEs of emerging economies?. World Journal of entrepreneurship, management and sustainable development, 13(1), 16-33.
[13] Sun, B., Yu, X., Yuan, X., Sun, C., & Li, W. (2021). The effect of social perspective-taking on interpersonal trust under the cooperative and competitive contexts: The mediating role of benevolence. Psychology Research and Behavior Management, 817-826.
[14] Patel, H., Damush, T. M., Miech, E. J., Rattray, N. A., Martin, H. A., Savoy, A., … & Williams, L. S. (2021). Building cohesion in distributed telemedicine teams: findings from the Department of Veterans Affairs National Telestroke Program. BMC Health Services Research, 21, 1-11.
[15] Van der Voet, J., & Steijn, B. (2021). Team innovation through collaboration: How visionary leadership spurs innovation via team cohesion. Public Management Review, 23(9), 1275-1294.
[16] Kwon, S. H. (2024). Analyzing the impact of team-building interventions on team cohesion in sports teams: a meta-analysis study. Frontiers in Psychology, 15, 1353944.
[17] 脚注14と同じ
執筆:小田切岳士(組織活性化団体インクライン 代表)
公認心理師、ストレスチェック実施者資格保有。同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院 博士課程前期修了(臨床心理学 修士)。株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー。新卒では、企業向けメンタルヘルスサービスを提供する企業に入社し、個人カウンセラー・ストレスチェックコンサルタントに従事。その後、メンタルヘルス以外の知見を広げるべく株式会社ビジネスリサーチラボに入社。在職中に組織活性化団体インクラインを設立。ゲーム開発会社の人事を経験後、ビジネスリサーチラボ社に出戻り入社。これまでに、ストレスチェックに関する人事・産業保健部門向けのコンサルティングや、管理職・一般社員層を対象とした職場活性化ワークショップを、延べ30社・50組織以上に提供。また、人事・組織領域における学術研究レビューも100テーマ以上手がけ、理論と実務の橋渡しを行ってきた。日本産業衛生学会および日本産業精神保健学会では、それぞれ優秀演題賞を受賞。