シリーズ「ストレスチェック指標解説」:職場環境

シリーズ「ストレスチェック指標解説」では、新職業性ストレス簡易調査票(80項目版;以降「新調査票」)[1]で使用されている各指標を学術的な観点で掘り下げ、職場・組織としてできる対策のポイントを解説していきます。

今回は「職場環境」です。

質問項目

「職場環境」は、新調査票の「仕事の負担」領域に含まれる指標で、以下1問で構成されています。

  • 私の職場の作業環境(騒音、照明、温度、換気など)はよくない

この項目は、職場における物理的な作業環境の快適さや安全性に焦点を当てています。

関連する学術概念

一口に「職場環境」といっても、上述の質問項目からしか情報が得られません。ここからは「職場環境」に関連する学術概念を参照し、この指標を深掘りしてみましょう。

例えば、「職場環境」に似ている概念には以下のようなものがあります。

物理的職場環境(Physical Work Environment)

物理的職場環境は、働く人が毎日使うオフィスや作業場のつくりや設備など、物理的な環境のことを表します[2]。物理的職場環境が悪い職場は、照明が暗く、騒音が常にあり、空調が不十分で空気がこもっているため、快適に働けず集中もしにくい状態です。

物理的職場環境が悪いと、従業員個人の作業能力の低下・業務中のけがのリスクの上昇・仕事に対する満足感の低下につながることが示されています[3][4][5]

安全風土(Safety Climate)

「職場環境」とはそのものとは少しずれますが、関連する概念をご紹介します。安全風土は、​ 職場で安全がどれだけ大切にされているかについて、社員が感じている雰囲気や共通の考え方を表します[6]。安全風土が低い職場では、けがやヒヤリとする場面があっても無視され、安全ルールも形だけで、誰も安全について真剣に考えていない状態です。

安全風土が低いと、安全に配慮した行動の減少・腰痛の発生率の上昇・精神的疲労の上昇などにつながることが指摘されています[7][8][9]

研究知見から考える対策への手がかり

ここで質問です。集団分析結果で「職場環境」が良くない部署があった場合、どうすれば良いでしょうか?純粋に考えれば、照明を明るくしたり空気を循環させるなど、質問項目に対する対策を打ったりすることになるでしょう。しかし、現実的には原因そのものに対処することが難しい場合もありますし、アプローチの幅が質問項目だけに限られてしまいます。

ここでは、研究知見を参照することで、質問項目以外のアプローチも探っていきたいと思います。

物理的職場環境の研究から

物理的職場環境を扱った研究では、以下のような条件下において、物理的職場環境の悪影響が緩和することが分かっています。

  • 職場の健康支援が充実している:職場での健康支援制度(社員の健康管理や支援プログラム)が手厚いことで、劣悪な物理的環境が従業員の健康や生産性に及ぼす悪影響が緩和されることが示されています[10]
  • 職場に自然的な要素を取り入れている:オフィス内に観葉植物を置いたり、窓から自然光や自然の景観を取り入れたりすることで、ストレスレベルが低減し、悪い職場環境でも精神的疲労が軽減されることが示されています[11]
  • 組織的支援が手厚い:組織(経営層や人事部門)からのサポートが充実していることで、有害な職場環境によって引き起こされる従業員のストレスや健康悪化への緩衝作用が働き、生産性や業務遂行能力の低下が抑えられることが示されています[12]

安全風土の研究から

安全風土を扱った研究では、以下のような条件下において、安全風土そのものを高めたり、低い安全風土の悪影響を緩和できたりすることが分かっています。

  • 安全リーダーシップを発揮する:リーダーが安全を最優先事項とし、職場での安全規範を率先して示すことで、従業員の安全遵守・安全参加行動が促進されます。この結果、安全気候が悪い状況でも事故リスクが低減されることが示されています[13]
  • 組織的支援が充実している状態:組織からの安全に対する支援や声かけが手厚いことで、従業員は安全の重要性を実感しやすくなると同時に、安全気候の悪化が従業員のストレス反応の増加につながりにくくなることが示されています[14]

対策のポイント

以上の研究知見に基づくと、実際にはどのような対策が考えられるでしょうか。以下、そのポイントです。

職場の健康支援制度を整備する

社員の心身の健康を守る制度を整えることは、物理的職場環境の欠点を補う有力な手段です。健康相談窓口やストレスケアプログラム、定期的な健康チェックなどを導入・充実させることで、職場環境が必ずしも最適でない場合でも、従業員のストレスや体調不良のリスクを軽減できます。

自然の要素を取り入れた空間づくり

観葉植物や自然光を取り入れることで、職場の雰囲気を大きく改善することが可能です。これらの「バイオフィリック・デザイン」は、従業員のストレス軽減や集中力向上につながると報告されています。小さな工夫でも、働きやすさへの体感的な影響は大きくなります。

安全を優先するリーダーシップの育成

管理職やチームリーダーが、日々の業務において安全を最優先に行動することが、職場全体の安全意識を高める鍵になります。「安全第一」を口だけでなく実際の行動で示すことで、従業員の安心感と信頼感が醸成され、働きやすい環境づくりにつながります。

経営層・人事による積極的な支援体制の構築

トップダウンによる支援の明確化は、従業員の安心感に直結します。経営層や人事部門が定期的に職場環境を点検し、改善要望をすくい上げる仕組みを設けることで、「会社が自分たちの職場を大切にしてくれている」という実感が強まり、モチベーション向上にも寄与します。

現場の声を反映した環境改善プロセスの確立

現場の実情を知らなければ、的確な改善策は実行できません。従業員アンケートや定期的なヒアリングを通じて、物理的・心理的な職場環境の問題点を拾い上げることが重要です。現場の声を反映した改善は納得感が高く、実効性のある対策につながります。

終わりに

「職場環境」という指標は、一見すると空調や照明などの物理的な条件に限られるように思われがちですが、実際には組織としての姿勢や支援体制、リーダーのふるまいなど、多くの要素が複雑に関わっています。今回ご紹介したように、たとえ環境の物理的改善が難しい状況でも、人的・制度的な工夫によって悪影響を緩和することは十分に可能です。


脚注

[1] 新職業性ストレス簡易調査票は、無料で閲覧可能です:東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座. (2012). 新職業性ストレス簡易調査票の公表について

[2] Sander, E. L. J., Caza, A., & Jordan, P. J. (2019). Psychological perceptions matter: Developing the reactions to the physical work environment scale. Building and Environment148, 338-347.

[3] Tuomi, K., Eskelinen, L., Toikkanen, J., Jarvinen, E., Ilmarinen, J., & Klockars, M. (1991). Work load and individual factors affecting work ability among aging municipal employees. Scandinavian journal of work, environment & health, 128-134.

[4] Salminen, S., Kouvonen, A., Koskinen, A., Joensuu, M., & Väänänen, A. (2014). Is a single item stress measure independently associated with subsequent severe injury: a prospective cohort study of 16,385 forest industry employees. BMC Public Health14, 1-7.

[5] Daud, A. (2016). Impact of physical work environment on job satisfaction. International Journal of Advance Research, Ideas and Innovations in Technology (IJARIIE), 2(6), 1846–1848.

[6] Schneider, B., Ehrhart, M. G., & Macey, W. H. (2013). Organizational climate and culture. Annual review of psychology64(1), 361-388.

[7] Khoshakhlagh, A. H., Sulaie, S. A., Yazdanirad, S., & Park, J. (2023). Examining the effect of safety climate on accident risk through job stress: a path analysis. BMC psychology11(1), 89.

[8] Swanberg, J., Clouser, J. M., Gan, W., Flunker, J. C., Westneat, S., & Browning, S. R. (2017). Poor safety climate, long work hours, and musculoskeletal discomfort among Latino horse farm workers. Archives of environmental & occupational health72(5), 264-271.

[9] Katz, A. S., Pronk, N. P., McLellan, D., Dennerlein, J., & Katz, J. N. (2019). Perceived workplace health and safety climates: associations with worker outcomes and productivity. American Journal of Preventive Medicine57(4), 487-494.

[10] Danquah, E., & Asiamah, N. (2022). Associations between physical work environment, workplace support for health, and presenteeism: a COVID-19 context. International Archives of Occupational and Environmental Health95(9), 1807-1816.

[11] Largo-Wight, E., Chen, W. W., Dodd, V., & Weiler, R. (2011). Healthy workplaces: The effects of nature contact at work on employee stress and health. Public health reports126(1_suppl), 124-130.

[12] Wang, Z., Zaman, S., Rasool, S. F., Zaman, Q. U., & Amin, A. (2020). Exploring the relationships between a toxic workplace environment, workplace stress, and project success with the moderating effect of organizational support: Empirical evidence from Pakistan. Risk management and healthcare policy, 1055-1067.

[13] Basahel, A. M. (2021). Safety leadership, safety attitudes, safety knowledge and motivation toward safety-related behaviors in electrical substation construction projects. International journal of environmental research and public health18(8), 4196.

[14] 脚注12と同じ

執筆:小田切岳士(組織活性化団体インクライン 代表)

公認心理師、ストレスチェック実施者資格保有。同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院 博士課程前期修了(臨床心理学 修士)。株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー。新卒では、企業向けメンタルヘルスサービスを提供する企業に入社し、個人カウンセラー・ストレスチェックコンサルタントに従事。その後、メンタルヘルス以外の知見を広げるべく株式会社ビジネスリサーチラボに入社。在職中に組織活性化団体インクラインを設立。ゲーム開発会社の人事を経験後、ビジネスリサーチラボ社に出戻り入社。これまでに、ストレスチェックに関する人事・産業保健部門向けのコンサルティングや、管理職・一般社員層を対象とした職場活性化ワークショップを、延べ30社・50組織以上に提供。また、人事・組織領域における学術研究レビューも100テーマ以上手がけ、理論と実務の橋渡しを行ってきた。日本産業衛生学会および日本産業精神保健学会では、それぞれ優秀演題賞を受賞。

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