シリーズ「ストレスチェック指標解説」:情緒的負担

シリーズ「ストレスチェック指標解説」では、新職業性ストレス簡易調査票(80項目版;以降「新調査票」)[1]で使用されている各指標を学術的な観点で掘り下げ、職場・組織としてできる対策のポイントを解説していきます。

今回は「情緒的負担」です。

質問項目

「情緒的負担」は、新調査票の「仕事の負担」領域に含まれる指標で、以下1問で構成されています。

  • 感情面で負担になる仕事だ

この項目は、仕事における感情的ストレスや、精神的な疲労感に焦点を当てています。

関連する学術概念

一口に「情緒的負担」といっても、上述の質問項目からしか情報が得られません。ここからは「情緒的負担」に関連する学術概念を参照し、この指標を深掘りしてみましょう。

例えば、「情緒的負担」に似ている概念には以下のようなものがあります。

情緒的労働(Emotional Labor)

情緒的労働は、仕事の一環として、報酬を得るために自分の感情をコントロールし、外から見える表情や態度を作り出すことを表します[2]。感情労働の要素が高い仕事をしている人は、毎日心にもない笑顔や丁寧な対応を演じ続けることで、自分自身の感情を押し殺して働いているといえます。

情緒的労働が慢性的になると、健康度・パフォーマンス・仕事満足度の低下、ひいては離職しようとする意思の向上につながることが示されています[3]

情緒的不協和(Emotional Dissonance)

情緒的不協和は、​ 実際に感じている感情と、仕事上で表現しなければならない感情との間に矛盾が生じている状態を表します[4]。感情的不協和が生じている人は、本当は怒りや悲しみを感じているのに、職場では常に平静を装わなければならず、内面とのギャップが激しい状態にあると言えます。

情緒的不協和が大きいと、職務ストレス・バーンアウト(燃え尽き症候群)の増加や、モチベーションの低下につながることが示されています[5][6]

表層演技(Surface Acting)

表層演技は、​仕事で求められる感情を本当には感じていなくても、表情や声だけでそれらしく「演じる」ことを表します[7]。表層的演技が常態化している人は、気持ちがついていかないまま、上辺だけの笑顔で対応を続けており、仕事がどんどん空虚に感じられている可能性があります。

表層演技を続けていると、認知的疲労・抑うつ症状のリスク・離職しようとする意志の増加に寄与することが示されています[8][9][10]

研究知見から考える対策への手がかり

ここで質問です。集団分析結果で「情緒的負担」が良くない部署があった場合、どうすれば良いでしょうか?純粋に考えれば、対人的な対応が必要な業務からは外すなど、質問項目に対する対策を打ったりすることになるでしょう。しかし、現実的には原因そのものに対処することが難しい場合もありますし、アプローチの幅が質問項目だけに限られてしまいます。

ここでは、研究知見を参照することで、質問項目以外のアプローチも探っていきたいと思います。

情緒的労働の研究から

情緒的労働を扱った研究では、以下のような条件下において、情緒的労働の悪影響が緩和することが分かっています。

  • 自己効力感・裁量が高い:自分の能力に自信があり、仕事に十分な裁量権があると、情緒的労働による緊張やストレスを和らげることが示されています[11]
  • 社会的支援が充実している:上司や同僚などからの支援が充実していると、情緒的労働が感情疲労につながりにくくなることが報告されています[12]
  • 感情知能が高い:自分や他者の感情を理解・調整する能力が高いと、感情労働をこなした際に生じる感情疲労や燃え尽きのリスクが下がることが示唆されています[13]

情緒的不協和の研究から

情緒的不協和を扱った研究では、以下のような条件下において、情緒的不協和の悪影響を緩和できることが分かっています。

  • 社会的支援が手厚い:職場で同僚や上司からの支援が手厚いと、情緒的不協和による仕事不満や離職意向への悪影響が緩和されることが示されています[14]
  • 自己モニタリングが低い:周囲の目を意識しないような人の場合、他者に合わせて感情表現を調整する負担が小さくなり、感情的不協和がそもそも起きにくいと考えられます[15]
  • 認知的再評価を活用できる:起きた出来事を別の視点から再評価する習慣があると、感情的不協和による感情疲労が減少することが示されています[16]

表層演技の研究から

表層演技を扱った研究では、以下のような条件下において、表層演技の悪影響を緩和できることが分かっています。

  • 同僚との関係が良い:同僚との信頼関係が良好だと、表層演技による感情的疲労が軽減されることが示されています[17]
  • 上司との関係が良い:上司との良好な関係が築けていると、感情的疲労や不満の増大が緩和されることが報告されています[18]
  • 自己効力感・職務裁量が高い:自分の能力に自信があったり、仕事の進め方を自分で決められる場合、抑えた感情をうまくコントロールでき、表層演技による消耗感が軽くなると考えられます[19]

対策のポイント

以上の研究知見に基づくと、実際にはどのような対策が考えられるでしょうか。以下、そのポイントです。

感情労働を前提とした業務設計を行う

情緒的負担の大きい職務では、そもそも「感情を使う仕事である」という前提を共有することが重要です。業務マニュアルや研修で、求められる感情表現や対応の意図を明確にし、従業員が納得感を持って業務に取り組めるようにしましょう。また、感情労働が特に集中する業務については、ローテーションや業務量の調整などで負荷を分散させる工夫も有効です。

自己裁量を高める仕組みを整える

「やらされ感」が強い状況では、情緒的労働の負担は増加します。従業員が自らの判断で仕事の進め方を選択できるように、業務の進行に裁量を持たせることがポイントです。たとえば、対応方法にいくつかの選択肢を用意する、スケジュールの調整をある程度本人に任せるなど、小さな自由度の積み重ねが有効です。

社会的支援を日常的に可視化・活性化する

「支援がある」と実感できる環境は、情緒的負担を和らげる大きな力になります。形式的な面談や報告の場だけでなく、日々の声かけや雑談など、非公式なコミュニケーションの中でも支援が感じられるようにすることが大切です。上司やリーダーが「気づき・ねぎらい・共感」を意識的に表現することが求められます。

感情知能を高めるトレーニングを導入する

感情知能は、感情の気づきやコントロール、他者への共感に関わる能力であり、情緒的負担の軽減に寄与します。定期的なワークショップやeラーニングなどを通じて、従業員の感情リテラシーを高めましょう。特に、管理職に対しては、部下の感情に気づき対応する力の強化が重要です。

「本音を言える」対話の場を作る

情緒的不協和や表層的演技は、「本当の自分を出せない環境」から生まれます。定期的なチーム内対話や、安全に気持ちを共有できる場を設けることで、内面と外面のギャップを緩和することができます。このように本音を言える風土づくりは、組織の継続的な課題として取り組む価値があります。

終わりに

情緒的負担は、業務内容だけでなく、職場の雰囲気や支援体制によって大きく左右される側面があります。職場の現場で「何ができるか」を具体的に考えるためには、表面のストレス反応だけでなく、その背景にある構造にも目を向けることが大切です。小さな工夫の積み重ねが、従業員の持続可能な働き方につながっていきます。本稿が、その第一歩を考えるきっかけになれば幸いです。


脚注

[1] 新職業性ストレス簡易調査票は、無料で閲覧可能です:東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座. (2012). 新職業性ストレス簡易調査票の公表について

[2] Grandey, A. A., & Gabriel, A. S. (2015). Emotional labor at a crossroads: Where do we go from here?. Annu. Rev. Organ. Psychol. Organ. Behav.2(1), 323-349.

[3] Feng, H., Zhang, M., Li, X., Shen, Y., & Li, X. (2024). The Level and Outcomes of Emotional Labor in Nurses: A Scoping Review. Journal of Nursing Management2024(1), 5317359.

[4] Hu, L., Huang, S. Y., Li, H. X., & Lee, S. C. (2022). To help others or not: A moderated mediation model of emotional dissonance. Frontiers in Human Neuroscience16, 893623.

[5] Nielsen, M. B., Finne, L. B., Johannessen, H., & Christensen, J. O. (2024). The Impact of Emotional Dissonance on Turnover Intent in Child Welfare Social Work: Test of a Moderated Mediation Model. Child & Family Social Work.

[6] Jeon, M. K., Yoon, H., & Yang, Y. (2022). Emotional dissonance, job stress, and intrinsic motivation of married women working in call centers: The roles of work overload and work-family conflict. Administrative Sciences12(1), 27.

[7] Hülsheger, U. R., Lang, J. W., & Maier, G. W. (2010). Emotional labor, strain, and performance: Testing reciprocal relationships in a longitudinal panel study. Journal of occupational health psychology15(4), 505.

[8] Zhang, Y., ElGhaziri, M., Siddique, S., Gore, R., Kurowski, A., Nobrega, S., & Punnett, L. (2021). Emotional labor and depressive symptoms among healthcare workers: The role of sleep. Workplace health & safety69(8), 383-393.

[9] Sousan, A., Farmanesh, P., & Zargar, P. (2022). The effect of surface acting on job stress and cognitive weariness among healthcare workers during the COVID-19 pandemic: Exploring the role of sense of community. Frontiers in Psychology13, 826156.

[10] Wang, I. A., Lin, S. Y., & Chuang, T. S. (2024). The role of customer mistreatment and emotional exhaustion in the relationship between surface acting and turnover intention. Current Psychology43(28), 1-12.

[11] Elham, S. (2024). Psychological hardiness, social support, and emotional labor among nurses in Iran during the COVID-19 pandemic: A cross-sectional survey study. International Journal of Nursing Studies Advances7, 100249.

[12] Ha, J. P., Kim, J. H., & Ha, J. (2021). Relationship between emotional labor and burnout among sports coaches in South Korea: moderating role of social support. Sustainability13(10), 5754.

[13] Chen, Y. C., Huang, Z. L., & Chu, H. C. (2024). Relationships between emotional labor, job burnout, and emotional intelligence: an analysis combining meta-analysis and structural equation modeling. BMC psychology12(1), 672.

[14] Abraham, R. (1999). The impact of emotional dissonance on organizational commitment and intention to turnover. The journal of Psychology133(4), 441-455.

[15] 脚注14と同じ

[16] Lim, H., Jang, G. E., Park, G., Lee, H., & Lee, S. M. (2024). Impact of state and trait emotion regulation on daily emotional exhaustion among Korean school counsellors. Stress and Health40(5), e3452.

[17] Zhang, H., Zhou, Z. E., Zhan, Y., Liu, C., & Zhang, L. (2018). Surface acting, emotional exhaustion, and employee sabotage to customers: Moderating roles of quality of social exchanges. Frontiers in Psychology9, 2197.

[18] 脚注17と同じ

[19] 脚注16と同じ

執筆:小田切岳士(組織活性化団体インクライン 代表)

公認心理師、ストレスチェック実施者資格保有。同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院 博士課程前期修了(臨床心理学 修士)。株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー。新卒では、企業向けメンタルヘルスサービスを提供する企業に入社し、個人カウンセラー・ストレスチェックコンサルタントに従事。その後、メンタルヘルス以外の知見を広げるべく株式会社ビジネスリサーチラボに入社。在職中に組織活性化団体インクラインを設立。ゲーム開発会社の人事を経験後、ビジネスリサーチラボ社に出戻り入社。これまでに、ストレスチェックに関する人事・産業保健部門向けのコンサルティングや、管理職・一般社員層を対象とした職場活性化ワークショップを、延べ30社・50組織以上に提供。また、人事・組織領域における学術研究レビューも100テーマ以上手がけ、理論と実務の橋渡しを行ってきた。日本産業衛生学会および日本産業精神保健学会では、それぞれ優秀演題賞を受賞。

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