シリーズ「ストレスチェック指標解説」:役割葛藤

シリーズ「ストレスチェック指標解説」では、新職業性ストレス簡易調査票(80項目版;以降「新調査票」)[1]で使用されている各指標を学術的な観点で掘り下げ、職場・組織としてできる対策のポイントを解説していきます。

今回は「役割葛藤」です。

質問項目

「役割葛藤」は、新調査票の「仕事の負担」領域に含まれる指標で、以下1問で構成されています。

  • 複数の人からお互いに矛盾したことを要求される

この項目は、職場における役割のあいまいさや衝突に焦点を当てています。

関連する学術概念

一口に「役割葛藤」といっても、上述の質問項目からしか情報が得られません。ここからは「役割葛藤」に関連する学術概念を参照し、この指標を深掘りしてみましょう。

例えば、「役割葛藤」に似ている概念には以下のようなものがあります。

役割ストレス(Role Stress)

役割ストレスは、役割に関連する葛藤、曖昧性、過負荷などが原因で生じるストレス全般を表します[2]。役割ストレスが高い人は、業務上の矛盾や不明確さが積み重なり、慢性的なストレスを感じています。

役割ストレスが高いと、感情的に疲れやすくなったり、仕事に対する満足感・パフォーマンスの低下につながることが示されています[3][4][5]

役割葛藤(Role Conflict)

ストレスチェックで扱われている指標名と同じものが、学術的な概念として存在します。役割葛藤は、個人が複数の役割で相反する期待に応えなければならず、対応が困難になる状態を表します[6]。例えば、上司と先輩、顧客と会社から異なる指示を受け、どちらを優先すべきか迷う状況にある人は、役割葛藤が高い状況にあると言えます。

役割葛藤が激しいことは強いストレスであり、感情的な疲労・心理的健康の悪化や、離職しようとする意志の増加につながることが分かっています[7][8]

役割曖昧性(Role Ambiguity)

役割曖昧性は、役割に関する期待や責任が不明確で、行動の指針が定まらない状態を表します[9]。役割曖昧性が高い人は、業務の目標や評価基準が不明確で、何をすべきか分からない状態に陥っています。

役割曖昧性が高いと、職務ストレスの増加や、仕事に対する満足感・組織に対する愛着の低下につながることが示されています[10][11]

研究知見から考える対策への手がかり

ここで質問です。集団分析結果で「役割葛藤」が良くない部署があった場合、どうすれば良いでしょうか?純粋に考えれば、指揮命令系統を単純化したり、権限の順位付けをはっきりさせる(だれの指示を優先すればいいかわかりやすくする)など、質問項目に対する対策を打ったりすることになるでしょう。しかし、現実的には原因そのものに対処することが難しい場合もありますし、アプローチの幅が質問項目だけに限られてしまいます。

ここでは、研究知見を参照することで、質問項目以外のアプローチも探っていきたいと思います。

役割ストレスの研究から

役割ストレスを扱った研究では、以下のような条件下において、役割ストレスの悪影響が緩和することが分かっています。

  • 曖昧さへの耐性がある:あいまいな指示や矛盾した期待があっても耐えられる人は、役割ストレスの悪影響を受けにくいことが分かっています[12]
  • 社会的な支援がある:他人からの励ましや助言があると、ストレスの元になる役割上の問題に対処しやすくなります。とくに「感情的な支援」が強いほど、役割ストレスを受けた時のダメージが軽減されることが示されています[13]
  • 結束力が強い:職場の仲間同士のつながりの強さや一体感が強いと、助け合いが生まれやすく、役割ストレス自体を減らしたり、役割ストレスがあったとしてもパフォーマンスにつながりやすかったりすることが示唆されています[14]

役割葛藤の研究から

役割葛藤を扱った研究では、以下のような条件下において、役割葛藤の悪影響を緩和できることが分かっています。

  • コミュニケーション能力が高い:言語・非言語的手段を用いて、人と情報や感情、考えなどを伝達し合うことが得意な場合、役割葛藤によるストレスが生じにくいことが分かっています[15]
  • 職場内での結束力がある:職場のメンバーとの結びつきが強いと、役割葛藤による会社への忠誠心の低下を抑えられることが分かっています[16]
  • 仕事と家庭が両立できている:家庭との両立がうまくいっている場合、役割葛藤がもたらすストレスや業務パフォーマンスへの悪影響を和らげる効果があることが示されています[17]

役割曖昧性の研究から

役割曖昧性を扱った研究では、以下のような条件下において、役割曖昧性の悪影響を緩和できることが分かっています。

  • 役割を明確にする手続きを踏む:上司と部下が期待や職務内容について明確に話し合い、調整したり共通理解を形成したり、意思決定に関与したりすることなどを通じて、役割曖昧性を低下させられることが示唆されています[18]
  • 上司や同僚との関係が良い:周囲との関係性が良いと、役割曖昧性によるストレスが低減され、仕事のパフォーマンスが維持されやすいことがわかっています[19]
  • ルールが厳格である:仕事の進め方に関するルールがはっきりしているほど、役割曖昧性は低下することが分かっています[20]

対策のポイント

以上の研究知見に基づくと、実際にはどのような対策が考えられるでしょうか。以下、そのポイントです。

指示系統の明確化と優先順位の共有

業務における指揮命令系統を整理し、誰が何を決めるのかを明確にしましょう。また、複数の関係者から異なる要求がある場合には、優先順位や判断基準をあらかじめ共有しておくことで、現場での混乱や葛藤を減らすことができます。

上司・部下間の対話を促進する

業務上の期待や役割について、定期的に上司と話し合う機会を設けましょう。とくに「どこまでが自分の責任範囲か」「期待されている成果は何か」といった認識のズレをすり合わせることが、役割葛藤の解消につながります。

チームの結束力を高める取り組み

日頃からチーム内での信頼関係を構築し、互いに支え合える雰囲気を育むことが重要です。職場内の一体感が強いと、役割葛藤があっても心理的な負担を分散でき、対処しやすくなります。

社内コミュニケーションスキルの強化

あいまいな状況や相反する要求に直面したとき、自分の考えや事情をうまく伝える力は非常に有効です。業務連絡や相談のやりとりを円滑にするための「伝える技術」「聴く姿勢」を育てる研修やワークショップも効果的です。

ワークライフバランスの支援

職場外の生活が安定していることで、役割葛藤によるストレスが緩和されることが知られています。柔軟な働き方や休暇取得の促進、家庭との両立支援制度の活用など、従業員の生活全体を見渡した支援も、間接的な対策となります。

終わりに

複数の期待の板挟みに悩んだり、どの指示を優先すべきか迷ったり――そんな経験は、誰にとっても他人事ではないでしょう。役割葛藤は「なくす」ことが難しい側面もありますが、だからこそ、それを「うまく乗り越える力」や「支え合える関係性」を育てていくことが、現実的かつ効果的な対策になります。


脚注

[1] 新職業性ストレス簡易調査票は、無料で閲覧可能です:東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座. (2012). 新職業性ストレス簡易調査票の公表について

[2] Newton, T. J., & Keenan, A. (1987). Role stress reexamined: An investigation of role stress predictors. Organizational behavior and human decision processes40(3), 346-368.

[3] Gilboa, S., Shirom, A., Fried, Y., & Cooper, C. (2008). A meta‐analysis of work demand stressors and job performance: examining main and moderating effects. Personnel psychology61(2), 227-271.

[4] Lee, R. T., & Ashforth, B. E. (1996). A meta-analytic examination of the correlates of the three dimensions of job burnout. Journal of applied Psychology81(2), 123.

[5] Jackson, S. E., & Schuler, R. S. (1985). A meta-analysis and conceptual critique of research on role ambiguity and role conflict in work settings. Organizational behavior and human decision processes, 36(1), 16-78.

[6] Schuler, R. S., Aldag, R. J., & Brief, A. P. (1977). Role conflict and ambiguity: A scale analysis. Organizational behavior and human performance20(1), 111-128.

[7] Asfahani, A. M. (2022). The impact of role conflict on turnover intention among faculty members: a moderated mediation model of emotional exhaustion and workplace relational conflict. Frontiers in Psychology13, 1087947.

[8] Thakur, M., Chandrasekaran, V., & Guddattu, V. (2018). Role conflict and psychological well-being in school teachers: A cross-sectional study from southern India. Journal of clinical and diagnostic research12(7), 1-6.

[9] 脚注6と同じ

[10] Khattak, M. A., Ul-Ain, Q., & Iqbal, N. (2013). Impact of role ambiguity on job satisfaction, mediating role of job stress. International Journal of Academic Research in Accounting, Finance and Management Sciences3(3), 28-39.

[11] Judeh, M. (2011). Role ambiguity and role conflict as mediators of the relationship between socialization and organizational commitment. International business research4(3), 171-181.

[12] Frone, M. R. (1990). Intolerance of ambiguity as a moderator of the occupational role stress—strain relationship: A meta‐analysis. Journal of organizational behavior, 11(4), 309-320.

[13] Siler, R. G. (1983). Effects of social support as a moderator of role stress among school principals. Western Michigan University.

[14] Michaels, R. E., & Dixon, A. L. (1994). Sellers and buyers on the boundary: potential moderators of role stress-job outcome relationships. Journal of the Academy of Marketing Science22, 62-73.

[15] Ratih, I. A. B. (2023). The Effects of Competence and Self-Leadership on Role Conflict and Organizational Commitment in LSP-P1 in Indonesia: A Moderation Model of Interpersonal Communication. Journal of Hunan University Natural Sciences50(8).

[16] 脚注14と同じ

[17] Boles, J. S. (1991). The effect of work and non-work influences upon the relationships between role stress and selected work outcomes. Louisiana State University and Agricultural & Mechanical College.

[18] Bauer, J. C., & Simmons, P. R. (2000). Role ambiguity: A review and integration of the literature. Journal of Modern Business3(1), 41-47.

[19] Oh, H., Jeon, H., Choi, J., & Kellershohn, J. (2024). Will event volunteers’ role ambiguity affect performance? Role of social exchange qualities and gender. Journal of Quality Assurance in Hospitality & Tourism25(6), 1719-1743.

[20] Akyürek, S. S., Nasir, S., Nasir, N., & Khan, S. (2023). Magnifying work outcomes: Cultural tightness-looseness ameliorates the connection of university autonomy-role ambiguity. Current Psychology42(21), 18242-18254.

執筆:小田切岳士(組織活性化団体インクライン 代表)

公認心理師、ストレスチェック実施者資格保有。同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院 博士課程前期修了(臨床心理学 修士)。株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー。新卒では、企業向けメンタルヘルスサービスを提供する企業に入社し、個人カウンセラー・ストレスチェックコンサルタントに従事。その後、メンタルヘルス以外の知見を広げるべく株式会社ビジネスリサーチラボに入社。在職中に組織活性化団体インクラインを設立。ゲーム開発会社の人事を経験後、ビジネスリサーチラボ社に出戻り入社。これまでに、ストレスチェックに関する人事・産業保健部門向けのコンサルティングや、管理職・一般社員層を対象とした職場活性化ワークショップを、延べ30社・50組織以上に提供。また、人事・組織領域における学術研究レビューも100テーマ以上手がけ、理論と実務の橋渡しを行ってきた。日本産業衛生学会および日本産業精神保健学会では、それぞれ優秀演題賞を受賞。

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